威風堂々



 じりじりとアスファルトを照り付ける太陽光が反射して、肌を焼き付けて来る。そう季節は夏なのだ。燦々と照り付ける眩しさに目を細める。ついこの間から学校は夏休みに入って、優雅な休日生活を送る予定だった。そう、はずだったのだ。

「なんで私が学校に行かないといけないの」

 夏休みだと言うのに制服に身を包み、スクールバックを肩から下げてローファーを履いて家を出る。普段登校する時間よりは遅い時間とは言え、休みの日に登校すると言うだけで気が重たい。溜息を吐きながら歩道を歩いていると、後ろから賑やかな声が聞こえ、振り返ると制服を着たツナくんを挟んで山本くんと獄寺くんが大声を出しながら歩いて来た。

「おはよう。三人ともどうしたの?」
「小僧に呼び出されてよ!」

 小僧……?子供って呼び出ししてくるものなの?
 首を傾げて山本くんの顔を見ると、獄寺くんが山本くんの胸倉を掴み、ボンゴレの修行の事を呼び出しと言うな! と怒鳴った。

「二人とも!! あぁ、もう!ごめんね! 灯ちゃん気にしないで!!」
「うん……」

 また“ボンゴレ”。リボーンくんといい、この三人といい一体何をやっているのか私には皆目見当もつかない。
 ツナくんは騒ぐ二人の背中を押して先に学校に向かった。溜息を吐いてゆっくりと重たい足を前に出して私は学校に向かった。平日とは違い通学路は静かで、校門に学ランを着た風紀委員は立っていない。日常とは違うこの景色に何故か心がざわつく。何かが起こるわけじゃない、でも校舎には運動部の練習の声や生徒の笑い声一つないのだから仕方ないだろう。

 普段使っている教室には目もくれず、真っ直ぐに応接室に向かった。平日なら異様なくらいに静かなこの応接室前の空間も、今日は学校全体が静かな所為で、そんな違和感も感じない。
 応接室の前に立ち、深呼吸を繰り返して扉をノックすると中から、最近聞き慣れてしまった雲雀さんの声が聞こえた。横腹にトンファーで攻撃を受けた後も、何故か彼は私を呼び出しては書類整理をさせている。雲雀さんの中に気まずいと言う単語はないらしい。よくよく考えれば雲雀さんの中で、制裁は日常茶飯事で非日常ではないのだ。

「失礼します」
「早かったね」
「そう、でしょうか」

 いつもの様に黒革のソファに座って、鞄から筆箱を取り出して雲雀さんから書類を受け取り黙々とチェックをしていく。渡された書類は今年の文化祭の企画書で、どれも何度もリテイクされている物ばかりだ。つまり、何回訂正箇所を教えても間違った書類を出してくるのだ。こればかりには溜息を吐かずにいられない。幸せが逃げるだとか、そんな事を言っている場合ではないのだ。

「雲雀さん……これ……」
「うん。二回目だね」

 雲雀さんに書類の事を言おうとすると、雲雀さんもこの書類に目を一度通していたみたいで、鼻で笑いながら何かの書類にボールペンを走らせている。そしてそのペンを置いて音を立てながら立ち上がった。靴音を鳴らしながら雲雀さんは私の持っていた書類をするりと奪い、応接室から出て行こうとし、少しだけ振り返り私の顔を見た。

「君もついておいで」
「私も……ですか?」
「この修正箇所を見つけたのは君だからね」

 雲雀さんが行けばすぐに解決するのだろうけど、“話し合いで解決はしない”のだろう。彼の解決方法は暴力的解決が一択で、きちんと修正して欲しいと所を伝えてはくれないのだろう。だから二回も出し直しをしているんだろう。
 私が行く事で私の仕事量が減るのなら、行くに越したことはないと、腰を上げて雲雀さんの後に続くように応接室を出て、生徒会室に向かって歩き出した。

 やはり、校内は閑散として酷く静かで私達の足音が辺りに響く。並んで歩くと雲雀さんに群れていると判断され、トンファーで制裁という名の暴力が振るわれる。だから、私は雲雀さんの後ろを少し距離を空けて歩いている。そうすれば雲雀さんの制裁を受けることもない。
 応接室から生徒会室には中々に遠くて、校舎の端と端に位置している。だからか、二人で歩く時間が長く感じる。この奇妙な空間に心臓が妙な動きを立てていると言うか、緊張感と非日常間で気持ちが落ち着かない。無言の時間に何故か責められているような感覚になり、雲雀さんになんて話題を持ち掛けようか頭を悩ませる。

「……雲雀さんは、その後どうですか?」
「質問の意図がわからないな」
「えっと……、お家で何か言われたりしてませんか……?」

 私との婚約話を何か言われたりしていないだろうか。そういう意味でしどろもどろになりながらも、質問すると、彼は私の方を振り返りもしないで、僕には興味ないな。と一蹴した。そうされると、私達の間に共通の話題なんてあるわけがなくて、また無言の空間が二人の間に流れる。重たい沈黙をどうにかしようと違う話題がないか考えていると、天井から何かが落ちてきた。

「えっ?!」
「ちゃおっス」

 天井から落ちてきた物体を両手で受け止めると、何時だったかに話したリボーンくんで、私の腕の中で可愛らしい声を出して挨拶をしてくれた。その声に反応した雲雀さんが両手でトンファーを持って瞬時に振り返った。雲雀さんのトンファーを持っている姿を正面から見ると、先日の記憶が蘇り、私に向かってトンファーを構えているわけじゃないのに身体が震える。

「やぁ赤ん坊」
「ちゃおっス雲雀。グラウンドで戦闘訓練するんだがお前も来るか?」
「草食動物には興味がないな。君が僕の相手をしてくれるなら行くけどね」

 戦闘訓練、とは一体……。避難訓練位なら聞いた事があるが、戦闘訓練なんて日常生活において聞いたことがない。
 リボーンくんは何者なんだと、腕の中で大人しくしている子供を凝視していると、リボーンくんが私の腕の中から窓に向かってジャンプして窓枠に立った。雲雀さんは視線だけリボーンくんに向けているがその顔は、挑発的に笑っていて、戦う前の表情だと嫌でもわかる。

 雲雀さんは誰かと戦う前は、嬉しそうに挑発的に笑うんだ。

「僕は今すぐにでもいいよ」
「俺とやろうなんて10年早ェぞ」

 そう言ってリボーンくんは窓の外に出て行った。ここは3階だが前もリボーンくんはカメレオンをパラグライダーに変えて地面に着地していたし、大丈夫だろう。雲雀さんはその後を追うかなと思ったが、案外そうでもないらしく、トンファーをしまって生徒会室に向かってまた歩き出した。

「……いいんですか?」
「赤ん坊はやらないと言ったら戦わないからね」

 ……リボーンくんってまだ子供なのに、雲雀さんの相手を出来るくらいに強いの? そんなの人間としておかしくない? と思うのは私だけなのだろうか。雲雀さんは平然とした態度で歩いているし、そんな事を聞いてもいいのだろうか。と頭を悩ませていると、雲雀さんは続けて言葉を発した。

「それに、君と生徒会室に行かないといけないからね」
「……はい」

 そんなにこの書類が大事なのだろうか。雲雀さんは何を基準に物事を判断しているのだろうか。なんて考えもしたが、彼の事なんて知り合って間もない私が幾ら考えてもわかるはずもなく、理解するのを諦めた。
 そうこうしているうちに生徒会室に辿り着き、雲雀さんは教室の外に待機してもらう事になった。と言うのも生徒会の人達が雲雀さんに怯えてしまって、話が進まないと判断したから。

「失礼します」
「……どちら様?」
「……北村 灯です。書類の不備について訂正箇所をお知らせに来ました」

 その後、粛々と訂正箇所を提示しどう訂正したらいいのかと教えていたら、段々と生徒会の方々が大きな声で話し始め、私という存在に慣れてきた生徒会の一人が、風紀委員に提出しないといけない締め切りがギリギリの書類を私に押し付けてきた。あまりのうるささ故か、生徒会室の扉が音を立てて開き、扉の方を見るとトンファーを構えた雲雀さんが立っていた。その顔は明らかにイラついているもので、生徒会室にいた全員が息を飲んで、雲雀さんの言動に注目した。

「君たち……何群れているの」
「これは! 群れているわけではなく……」
「言い訳はいらないよ」

 その後は一瞬だった。生徒会室には私を抜かして十人はいたはずなのに、気が付けば私と雲雀さん以外は皆床に倒れ込んで、小さく唸り声をあげていた。黒い学ランをはためかせ颯爽と生徒会室を去る雲雀さんの後ろ姿を慌てて追いかけて、死屍累々となった生徒会室を後にした。勿論、さっき押し付けられた書類はしっかりと胸に抱えている。

 やはり、雲雀さんがどういう基準で制裁を与えるのかがわからない。
 わかりたいと思った思った事もない。でもどうしてなのか、雲雀さんの後ろ姿を見ると、リボーンくんのあの言葉が頭の中を過る。

 “お前にとって必要な存在になるかもしれねェだろ”