夏祭りと砂埃は境内で



「灯ちゃん今夜夏祭りがあるんだけど一緒に行かない?」
「そうだね!18時に鳥居前でいい?」

 友達に誘われて、並盛神社で開催されているお祭りに行く為に、浴衣で鳥居前を目指して、下駄ながら歩くと、段々と人の数が多くなって来た。

 人並みを避けるように歩いて、鳥居前に漸く辿り着いた。時間は待ち合わせ三十分前。友達はまだ着いていないようで、メッセージアプリで自分が何処にいるかだけ、簡潔に送ると直ぐに既読がついた。

 “ごめん! 用事出来ちゃった! 一時間位遅れるんだけど……”

 成程。私がもう少し家を出る時間が遅ければまだ家の中にいたのだが、残念なことにもう着いてしまった今、一時間も此処で待つのは気が引ける。
 この賑やかな雰囲気の中一人で回るのは気が重たいが、仕方ない。

 鳥居前から歩き出して、露店が並ぶ道を人を避けるように歩きながら、どんな露店が出ているのか見ていると、見慣れた顔が屋台の列の中にあった。

「あれ?ツナくんたちも露店出てたの?」
「えっ?!」
「おースっ! 北村1人か?」
「友達が遅れるみたいだから、先に回ることにしたの」

 それよりも何をしているの? と尋ねるとツナくんが額に汗かきながら、店を出してるんだと教えてくれた。誰かのお手伝いかと思ったが、ツナくんたちが出店しているのか。
 湯気たつ鉄板の上には歪な円状のお好み焼きがあって、売上に貢献しようと一つ買うことにした。

「ありがとう! 助かるよ…あと浴衣似合ってるね」
「だな! 北村1人で大丈夫か? 絡まれたりしたらすぐ連絡するんだぜ」
「けっ、こんな女に絡む奴なんていねぇよ」

 獄寺くんに大変失礼な事を言われたが、私に絡んでくるような人なんて何処にもいないと、変に納得し、袋に入れてもらったお好み焼き片手に歩き出した。

 金魚すくいに射的。ヨーヨーに綿飴。色とりどりの幟に目が奪われ、心が踊る。友達といた方が更に心躍るのだろうが、浴衣を着ている所為か周りの空気に釣られてなのか、中々にお祭りを楽しめてる自分がいる。

「北村か?」
「あ、草壁さん…?」

 下駄を鳴らしながら露店が並ぶ道を歩いている最中に、不意に声をかけられ振り向くと黒い長ランにリーゼント頭の草壁さんがそこにいた。そして彼の後ろには高校の風紀委員の面々がいた。
 このお祭りの雰囲気に浮かされていなかったらきっとすぐに気が付いただろう。それくらいに、この学ランにリーゼントの集団はこの場において浮いている。

「何を……?」
「場所代の徴収だ。委員長の命令でな」

 声を荒らげて露店の店主を脅してる風紀委員はさながら、反社会的勢力のようだ。なんで、ただの委員会がこんな事をしてるんだと、一瞬考えたが、よくよく考えると、この風紀委員のトップである委員長こと雲雀 恭弥は、この並盛町を中学の時から支配しているんだった。

「北村はどうして此処に? 一人か?」
「友達と来る予定だったんですが、遅れるみたいなので先に回ることにしたんです」
「風紀委員が巡回しているとはいえ、女一人では危ないだろう……確か沢田達がいたはずだから、友人が来るまでいるといい」

 何を考えているか分からない雲雀さんとは違い、草壁さんは基本的に優しい。なんで雲雀さんの下で働いているのかが分からないくらいだ。
 草壁さんの助言を有難くうけとり、私は踵を返してツナくんたちの露店に向かった。

「ツナく……?」
「灯ちゃん?!」
「やぁ、小動物」

 ツナくんたちの露店に行くと、そこには雲雀さんも来ていて、その両手にはトンファーが握られていた。なんでそんな臨戦態勢になっているんだ。と固まっていると、ツナくんが怯えながら売上金である五万円を差し出した。よくよく見ると、テントの中で獄寺くんが倒れている。

「確かに場所代は頂いたよ」
「カツアゲじゃん」
「何か言った?」

 錫色の瞳が鋭く私を見る。私は首を横に振り、何も言っていないとアピールすると、雲雀さんは学ランを風に靡かせながら颯爽とどこかに向かって歩いていった。

「何も言ってくれない、か……」

 それなりの関わりがあるのに、普段の制服姿をは違う私の浴衣姿を見ても、雲雀さんはなんの反応もしてくれない。それほどに、彼の中で私という存在は小さいのだろう。

「灯ちゃん?」
「なんでもないよ。それよりも獄寺くん大丈夫?」

 ツナくんが心配そうに声をかけてくれたお陰で、変な思考から脱する事が出来た。なんで私が雲雀さんのことで頭を悩ませなければならないのか、と開き直り、獄寺くんの容態を聞くと、ツナくんは苦笑いをしながら大丈夫と答えてくれた。

「草壁さんに危ないからツナくんたちの所に行けって言われたんだけど、私邪魔だよね」
「んな事ねぇぜ」
「そうだよ! 友達が来るまで、ここにいなよ!」

 二人の言葉に甘えて、私は友達が来るまで露店の横で過ごすことになった。先程買ったお好み焼きを食べながら、忙しそうにしている二人を尻目に、時折獄寺くんに団扇で風を送る。雲雀さんの制裁をまともに食らうと、獄寺くんみたいな男の人でも気絶するんだったら、先日の私は完全に色んな意味で当たり所が悪かったんだ、としか言い様がない。

 ツナくんたちが作ったお好み焼きも食べ終え、ただ獄寺くんに風を送っていると、彼はゆっくりと意識を浮上させた。寝惚けてなのか、トンファーで殴られた痛みが残っているのかは分からないが、顔を歪ませながら起き上がる獄寺くんに手を伸ばして、上半身を起こすのを手伝うと、彼は更に顔を顰めた。

「……っ、触んな」
「でも、痛そう」
「ンな攻撃痛くも痒くもねェんだよ!!」

 この虚勢というのか、強がりなのは男の人だからなのだろうか。さっきのさっきまで気絶してたくせして、何を言っているんだ。と思わなくもない。

「ンだよ!!」
「……なんでもない」

 きっと思いっきり思っていた事が顔に出ていたんだろう。獄寺くんが顰めた顔で私に向かって叫んだ。その声にツナくんが気が付いたらしく、露店の中から出てきて、獄寺くんを見てホッとしたように笑った。

「獄寺くん起きたんだね」
「十代目!すみません!!」
「オレは何もしてないよ! 獄寺くんを見てくれてたのは灯ちゃんだし」

 その言葉に、獄寺くんは私の方を恨めしそうに見たかと思いきや、少しだけ頬を赤らめて照れたように視線を逸らして、祭りの喧騒に掻き消されそうな程の小さな声で私にお礼を言った。

「あんがとよ……」
「借りにしとくね」
「ンだと! このアマっ!!」
「獄寺くん!!」

 巾着の中に入れておいたiPhoneが小刻みに振動し、誰かからの着信を私に知らせた。吠える犬のように眉間にしわを寄せる獄寺くんを尻目に、電話に出るとそれは友達からのもので、鳥居の前に着いたとのことだった。
 その後2人でいくつかの露店を周り、最後に参拝しようと神社に足を向けた。
 お祭りの会場から少し外れた神社には人はいなく、閑散としていた。これはいいとゆっくりお参りを二人でした。それがいけなかったのだろうか。

「あれぇ? 女の子二人だけー? 危ないよぉー」
「俺たちみたいな危ないお兄さんに絡まれちゃうぜ」
「泣きそうになってんじゃん」

 汚い笑い方をする男の達は、その汚らしい手で私たちの肩を触った。私たちの逃げ場を塞ぐように男達は、囲むように立ちじりじりと近づいてくる。
 逃げなきゃ……! 頭は逃げろと警告を鳴らすのに、身体が恐怖で固まり、上手く動いてくれない。

「は、離して、ください……!」
「声震えてんじゃーん」
「かぁーわい」

 どうしよう。どうしよう。どうやったらこの場を抜け出せる……?
 隣に立つ友達の身体は見るからに震え、大きな目には涙も溜まっている。

 二人が逃げれたら御の字だけれど、この状況なら、一人逃げれたら御の字と言ったところだ。だったら先ずこの子を、大切な友人を逃がさないと……!

「お兄さんたちと遊びに行こうねー」

 汚らしく笑う男の手が私の首筋に触れた。