こんにちは。我が国

 生まれた時、人は誰しもが親に抱きかかえられ祝福の言葉を浴びるだろう。私だって生まれた時は穏やかに笑う母に抱かれ、厳しい表情をした父に祝福された。その記録は私の母子手帳に確りと記録されている。

「菊さん! 菊さん! もうすぐですね」
「名前さん、落ち着いてください」
「今年も盛大に祝いましょう!」

 建国記念日。一般の国民にとってこの日は祝日であり、形上この国が建国されたと定められている日。そんな認識だろう。然し、私や、私の一族にとってこの日は誕生日なのだ。
 敬愛すべき我ら国の象徴。古代より守るべき存在。本田 菊さんの誕生日なのだ。

 菊さんがどうやって生まれたのかはわかっていない。
 彼曰く、気が付いたらそこにいた。との事で、誰も菊さんが生まれたところを目撃してはいないし、祝福の声だって生まれてから何年も先のことだ。自分が何なのか、どうして生まれてきたのかもわからないまま、ただそこに存在するだけ。育ててくれる親もいなければ、遊ぶ友達もいない。
 小さい頃から聡明だった菊さんは、生まれて早々に自分は国だと理解したようだが、私ならきっと泣き叫ぶに違いない。

 1人は寂しすぎる。

「菊さん今年は何を食べたいですか?」
「そうですねぇ。洋食はどうでしょう」
「……わか、りました。私頑張ります!」

 そんな会話をしたのは1か月前だ。正直私は洋食をそこまで食べて来なかったので、誕生日会に相応しい料理なんて思い浮かばない。菊さんが作る料理は和食ばかりだし、母の作る料理は家庭料理であって、華やかなものではない。
 ……と、なれば、身近な人物で洋食が得意、というか料理が得意なのは1人しか思い浮かばない。

 いつも私の方が遅い時間に帰宅しているので、降谷さんが夕ご飯を作ってくれている。この日も菊さんの家から徒歩3分の自宅に帰ると、まだ玄関先だというのに、美味しそうな匂いを漂わせている。この匂いを鼻にすると家に帰って来た。と安心出来るのだから、随分と降谷さんという存在に慣れてきたのだと実感する。
 鞄に忍ばせていた鍵を取り出し、施錠を解除しドアノブを回すと、薄っすらとしたいい匂いが、さっきよりもより強く鼻孔を通り抜けていく。

「ただいま帰りました」

 靴を脱いでキッチンに立つ降谷さんに挨拶をすると、彼は身に着けていたエプロンで濡れている手を拭いながら私の方を向いた。

「おかえり」
「今日は何ですか?」
「帰って早々に飯の話か……今晩はカッペリーニだ」
「カッペリーニって、えーと、パスタ、でしたっけ」

 私の言葉に頷いた降谷さんは、他にも用意していたスープとサラダをテーブルに並べる。色鮮やかな料理たちは視覚からも嗅覚からも食欲をそそる。
 手洗いうがいを済ませ、椅子に腰を掛け両掌を合わせて「頂きます」と挨拶をすると、降谷さんも同じように「頂きます」と言葉にした。これは私と一緒に住むようになって出来た癖だ。

「美味しいです!」
「よかったな」
「これ、どうやって作るんですか?」
「今回は和風に仕上げたから……」

 器用に話しながらフォークをくるくると回す降谷さんは相も変わらず格好がいい。が、今はそんな事に感心している場合ではない。菊さんのお誕生日まで残り1ヵ月しかないのだ。降谷さんが話してくれる料理の手順を頭の中に記憶していき、それと同時に作っていくイメージを組み立てていく。
 咀嚼しながら味も覚えなえれば。といつもより味わって食べていると、甲高い音が1つ耳に響いた。

「で?」
「はい?」
「普段して来ない料理に対する質問に、必要以上に多い咀嚼。建国記念日が近い事と関係があるのか?」
「わーお……流石私立探偵さんですね」

 私と菊さんの関係を知っている降谷さんはの質問は大体の予測をつけているようで、私は事の事情を洗いざらい吐き出すように説明した。すると彼は「そうか」とだけ呟き、食事中には珍しくiPhoneを弄りだした。滅多にしないその行動を咎める事もせず、だた眺めていると、調べものが終わったのか、褐色の手がこちらに伸びてきてiPhoneの画面を私に見せた。

「簡単に出来る、パーティー料理……?」
「この辺りなら、普段料理しない苗字でも出来るだろう。悪いが俺も教えている時間がないから、余り手の込んだものは教えられない」
「そんなことありませんよ! ありがとうございます!」

 それからと言うものの、夕ご飯を食べ終えてから簡単に、されど華やかに見える料理の作り方を降谷さんに教わった。複数の料理を超特急で教えられたが、そこは流石降谷さんと言うべきなのだろう。丁寧な実践にわかりやすい実演。菊さんの誕生会に向けて十分と言えるほど準備は順調に進んだ。

 当日、料理に合わせた飾りつけを菊さんと共に和室に飾り付けた。バルーンでHappy Birthdayとかたどられたソレはゆらゆらと揺れている。市販のケーキを座卓の中央に置き、降谷さんに教わった料理をその周りに並べていく。それを見た菊さんは「凄いですね」と喜びの声を上げてくれた。

「今年は華やかでたまにはこういうのもいいですね」
「来年はどうしましょう?」
「おや、まだ始まってもいないのにもう来年の話ですか」
「来年も私がお祝いしたいです」

 今は平和だが、この先何があるかわからない。万が一菊さんが襲われるような事態になれば、私が真っ先に盾になる。そうなれば怪我をするのは必須だろう。そうなった時菊さんの傍に居続けられるとは限らない。
 だから、私の希望だ。
 来年も私がお祝いしたい。そんな細やかなお願い。

「頂きましょうか」
「はい」

 「頂きます」と両掌と声を揃え、並べられた料理に箸を伸ばす。降谷さんが作った料理と遜色のない味に内心ガッツポーズを決めたが、大事なのは菊さんが美味しいと感じているかどうかだ。
 背筋を伸ばし、綺麗に箸を使う菊さんを見つめると、座卓越しに座る菊さんは柔らかく笑った。

「とても美味しいですよ」
「よかったです!」
「降谷くんに教わったんですか?」
「恥ずかしながら、私は洋食が作れなくて……」
「私も昔はビーフシチューを作ろうと思って、肉じゃがを発明してしまたことも……懐かしい話です」

 それからというもの、終始笑顔が絶えないまま穏やか過ぎる時間を過ごした。
 降谷さんには今日は帰らないことを伝えているし、夜遅くまで菊さんとお話していても良いのだが、明日も菊さんの仕事があるには変わらない。

 皆にとっては建国記念日はただの祝日だろう。1人で生まれた菊さんの傍で、菊さんの誕生を祝える日。

「来年も楽しみです」
「そうですね」
 

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