要らぬものと要るもの


 ジウスドゥラ曰、若返りの霊草は地上の最も低き場所にあるらしい。
 ではこの地上において最も低き場所は何処にあるのか。普通に考えれば海の底だが、そんな場所に霊草なんて生えているのだろうか。

 適当に買ったロバに新しい荷車を引かせてクタ市を出て早五日。ジウスドゥラのヒントを元にギルガメッシュが動き出すも大した収穫は得られなかった。アンナの星読みの能力を使って方角はわかったが、肝心の場所まではわかっていない。連日連夜星読みを使えば女神とはいえ流石にアンナも疲れてしまう為、二人はゆったりとした旅をすることになったのだが――。

「シーブ・イッサヒル・アメルは何処にあると言うのだ」
「わからないわよ。そんなもの」
「貴様の星読みも使えんのでは役に立たんな」
「貴方の使えない千里眼よりもマシじゃないかしら?」

 言い合いが止まらない二人は荷台に揺られている。シドゥリがその場にいればもう少し場が和んだかも知れないが、いない存在を引き合いに出したところで何も解決出来なのだから仕方がない。シドゥリが恋しいとアンナがウルクがあるであろう方向に目を向けるも、見えるのは乾燥した大地だけで栄えている街があるわけではなかった。

 果たしてこの乾いた大地は何処まで続いて、この旅は何処まで行くのだろうか。
 深淵の楽園から帰って来た時、ロバは骨になり荷台は老朽化していた。たった一週間しかいなかったのに戻れば何年もの時間が過ぎてきたようだったが、正確に何年の時間が過ぎて来たのかは未だにわからない。あの時何か印でもつけておけばよかったのかも知れないが、そんなのは結果論に過ぎない。

 今二人に出来るのは前に進むことだけ。
 それが幸でも不幸でも。

 その日の夜も野宿だった。二人と一匹の野宿は寄り添いながら闇を過ごすもので、傍から見れば仲睦まじい光景に見えるかもしれないが、日中は何かと言い争っていることが多い二人なだけに、ギルガメッシュの腕の中で寝るアンナという光景は異様に思えるかもしれないが、アンナは既にギルガメッシュの腕の中にいないと満足に寝れないようになっていた。
 否、少女の姿をした温石を気に入ったのはギルガメッシュの方だったのだろう。女を両腕に囲わぬ夜は、決まってアンナを腕に抱いて眠ったものだった。

 二人旅が再スタートしてから実に半年ばかし。シーブ・イッサヒル・アメル探しは難を極めていた。アンナはといえばそもそも人が不老不死になることに反対している為に、占星術を使って霊草を探すことはしない。反対にギルガメッシュは霊草を探してはいるものの、己の千里眼では霊草を見つけることが出来ないでいる。
 故に二人は人伝にシーブ・イッサヒル・アメルの在処を探しているのだが、そんなものはこの世に存在しないと首を横に振る者が多く、稀に霊草の話を知っている人物にあっても、口伝だったり物語だったりと酷く曖昧な内容ばかりだったが、手掛かりがない二人にとって、信憑性に欠ける話だとしても足を運ぶ価値があるものだった。

「ふむ。カナン、か」
「カナンって完全にメソポタミアから出るわよね? 私、付いて行きたくないんですけど」
「此処からロバに荷車を繋いでの移動と考えても十日以上かかるな」
「話聞いてますー?」

 アンナがひらひらとギルガメッシュの前で掌を揺らしてみるも、何の効果も得られないまま深紅の瞳には存在しないものとして片付けられた。己以外の存在の感情を顧みない、考えない、考慮しないのがギルガメッシュという男だ。そんな男に抵抗したところで無駄と言えば無駄なのだから、早々に諦めた方が良いとはわかっていても、少なくとも地位は神であるアンナは、“人間の王”に指図されることを良しとは出来ない。

「もし貴方の探し物がこのメソポタミア大地にあるのだったら、私だって多少の協力くらいはしてあげるわよ。でもこの大地を出るのなら話は別だわ。私はメソポタミアの神であって、イスラエルの神ではないの」
「だからどうした。そんなものは貴様が面倒故の言い訳に過ぎん」
「このっ、クソ野郎……!」
「イスラエルが何だ。我の求めるものが他の神の支配下にあろうと関係ない。我は我の王道を行くだけだ」

 太陽の日差しを受けて黄金に輝く髪が風に揺れる。その絹糸の髪を今すぐ毟り取ってやりたいとアンナは握り拳を小刻みに震わせているが、ギルガメッシュの宝物庫に眠っている神の鎖で身体を拘束されては堪らないと下唇を噛むだけに留め、ふらりと歩き出したギルガメッシュの隣に並んだ。

「カナンって場所は知っているの?」
「あぁ。カナン人とは貿易があるからな」
「そうだったの」

 腐ってもウルクの王。暴君と言えど国や地域の事情を全く知らないというわけでもないらしい。体感的にはこのメソポタミアの大地——バビロンを支配する神々の中に名を連ねて二年やそこら。しかもその大半をギルガメッシュの霊草探しに付き合っている為に、ギルガメッシュがどういう人物かを少しは知っているものの、玉座に座るギルガメッシュ王という存在を知っているわけではない。
 そもそも父神であるアンから与えられた知識では、愚王としか聞いていないのだ。今にして思えば、アンの云うところの愚王というのは、政の他にも人間としても在り方もあったのかもしれない。
 アンナは答えを求めるように空を見やるも、当然答えなんて返ってくるわけもなかった。

「ヌジと交易があったな」
「ヌジって端にある都市でしょ。あんたウルクの王なのに、なんで他の都市にも詳しいわけ」
「カナンの染料は質が良い。いずれウルクにも商人を出入りさせようかと思っていたところよ。ま、それも昔の話だがな」

 あの暴君が手離しで褒めるほどの高品質なのか。それは気になる、かもしれない。どうせカナンに行くことになるのだから、何かこの傍若無人の愚王から何か貢物をしてもらうのも手である。

「ふむ。一度ヌジに行くべきだろうな。キシュにいてもこれ以上の収穫は見込めんだろう」
「ヌジに行くのなら、その染料を見て回っても問題はないわよね」
「カナンに行くのだから意味がないだろう。戯けが」
「……あぁ、本当に人の話しを聞いていないのね。この王様」

 少女の薄い肩ががっくりと落ち込み、桃色の唇から大きな溜息がこれでもかというほど零れるも、件の王は気にも留めないままロバに繋いでいる荷車に、キシュの民による貢物をキシュの民に詰めさせている。己の王を一度捕縛した男に貢物を良くするものだ。人間の思考というのはよくわからない。理解を出来そうにない。

 地面を蹴ったアンナの身体がふわりと宙に浮いて、笑みを浮かべながらギルガメッシュに果物やら麦やら麦酒やらを貢ぐキシュ市民を眺めていれば、その中にいる老婆と目が合った。

「新しい都市神様。我らの友人に祝福をお与えくださいますように」
「ほう。この小娘に祈りを捧げると言うのか。殊勝な心掛けだが、この小童に比べれば生まれたばかりの羊の方が役に立つだろうよ」
「その減らず口をいい加減に閉じなさい。呪いをかけるわよ」
「やってみるがよい」

 いつまでも神に対して太々しい態度を取っているこの金髪の男を本当に呪ってやろうか。と見下ろせば、深紅の瞳が真っ直ぐにアンナを射抜いた。やれるものならやってみろ。と唇が動かなくとも、雄弁に双眸が語っている。

 ——見下ろしているはずなのに、見下ろされている気がするのは何でかしらね。

「ふふ、ウルクの王は神と仲がよろしいのですね」
「そこな老婆。何処を見て判断している。次我の意に添わぬことを言えば、その首はないものを思え」
「……っ! 失礼いたしました」
「よい。我は寛大だからな。許す」

 老婆の平服を見届けたギルガメッシュは、話は終わったばかりに荷物を運ぶ男衆に対して指示を飛ばす。間一髪、難を逃れた老婆は延命出来たことに安堵の息を吐き、アンナに向かって一度頭を下げてその場を後にした。
 年老いている所為で頼りない細い線。神が作り出した不完全な労働力は、生まれた瞬間から死に向かって走り続けている。これの何が“未完成”なのだろうか。
 神々と同じカタチをしている欠陥品。慈しむだとか、愛おしむことはあるけれど、それも“神”という立場であるが故に生じる庇護だ。深い愛情なんてものは心の隅にも存在しない。

 荷を全て積み終えた後、ギルガメッシュとアンナはいつも通りロバを操縦出来るように御者の座席に腰を掛けた。街を抜ければ、鬱蒼としている密林が広がった。容赦なくその中を進む最中に、アンナは荷台に目を向けた。

「キシュって貴方が制圧したというか、喧嘩を買って勝った場所でしょ? なんであんなにも友好的なわけ?」
「我が殺さなかったからだ」
「うん? アッガって人を?」
「ほう。それなりにウルクの歴史を知っているのか。然様、捕縛し死ぬ運命にあったアッガを助け、その命を取らぬ代わりに我は、キシュの王権を手に入れた。ただそれだけだ」
「……うーん、つまり、アッガって人はそれ程までに市民から慕われていたってことね」
「王には要らぬ素質ではあるがな」

 くだらぬ。と吐き捨てたギルガメッシュはそのまま口を閉じた。
 キシュから北上しヌジに着くまで、凡そ三日程度。
 今晩も二人は身を寄せ合って眠りに就くのだろう。アンナはまだ沈みそうにない太陽に目を向け、眩しさ故に目を細めた。