星が示し命運


 翌朝、ギルガメッシュはアンナに与えられた部屋を訪れた。

「さっさと起きんか! 我より遅く起きるとは、貴様良い身分ではないか。余程死にたいと見える」
「ん〜……あ?」

 布の仕切りが大きく開け、太陽の日差しがアンナの瞼の奥を刺激する。不愉快だが、今のアンナに不愉快だということは出来ない。
 アンナは己に制約を設けていた。役目がわかるまでは人と交わらない。と。
 だからアンナは言葉を話さない。意思疎通が出来てしまえば人に愛着が湧いてしまうから。

「出るぞ。支度をしておけ」
「な〜ぃ」

 この身このまま動いているアンナには支度は関係ない。精々、顔を洗うくらいなものだ。
 のそのそと遅緩な動きで寝具から降りると、ギルガメッシュは早々にアンナに背を向けて部屋から出て行く。男の腕で上げられていた仕切りの布から手を離すと、重力に従って厚い布がだらりと垂れた。反動で裾の方が小さく揺れている。

 何処に行くのだろうか。と前を歩くギルガメッシュの背中を見つめること数刻。
 クタ市の外れ……クタ市の境にある山の麓に辿り着いたギルガメッシュは、何かを探すように辺りを見回した。こんなところで何を探しているのだろうか。と首を傾げるアンナに振り向いたギルガメッシュは、その深紅の瞳を細めて宙に浮かぶアンナを見下ろした。
 目線的には同じなのだが、片方――ギルガメッシュの態度があまりにも大きい為、アンナの感覚として見下されているが正しい表現且つ、ギルガメッシュ自身もアンナを見下しているので間違った表現ではない。

「ジウスドラを探すことを許す」
「…………あ〜?」
「誤魔化しが我に通じると思うなよ。貴様の権能の中に星読みがあることくらいとうの昔に知っているわ」

 あぁ。だから探すことを許す。なのか。と変に納得しかけたアンナは天を仰ぐように上を向いた。
 空はまだ太陽が息をしている時間。星の位置を正確に汲み取ることは難しいが、出来ないわけではない。やってみても損はないだろう。なんの為にするのかは今でもわからないが……。

 …………うん? どうして私がギルガメッシュの為に星読みをしないといけないのだろうか。
 する理由がないのではないだろうか。だって彼は私を信仰していないのだから。

「なにをもたもたしている。早く視ぬか」
「…………やぁー」
「何? この我の命を断るというのか貴様……なんだその目は」
「なーん」

 一体どんな理由でジウスドラなる人物を探さないといけないのか。その疑問を幼顔に似合う丸い双眸に宿し、深紅の瞳を持つ男を見つめた。大体ジウスドラって誰なんだ。と、要件を言わずに自分の願いを叶えてもらおうなんて話が良すぎる。

 唇を尖らせるアンナを前に、ギルガメッシュの顳かみがぴくりと動いた。

 これがただの人間であれば、ギルガメッシュは間違いなく殺しただろう。理由はなんでもいいが、この場合一番適切なのは“不敬な態度”だったから。しかし、ギルガメッシュの前に浮かんでいる幼子は人間ではなく神だという。殺してしまってもいいが、その後が面倒だ。
 グガランナを退治した時に失った代償はまだ、ギルガメッシュの中で癒えてはいない。この先何百年という歳月をかけて漸く昇華されるのだろう苦く、輝かしい記憶が一瞬にして蘇る。
 神に、特に女神に手を出して良いことなど何もない。

 ギルガメッシュはあからさまな深い溜息を吐き、すいっとアンナから視線を逸らし、一度唇に力を入れゆっくりと口を開いた。
 その動きはこじ開けてはいけないような扉を開けてしまったような気がし、アンナは咄嗟に無理に話さなくてもいい。と訴えようとしたが、幼子の言葉では伝える術を持たず、結局ギルガメッシュの声が耳に流れてきた。

「貴様に教えてやる道理などない! ……と、言いたいところだがまぁいいだろう。何、我は今気分がいい」
「ぁーう……」
「一度しか言わぬ。──我は一人の人間として会わねばならぬ」

 一人の人間として? だって貴方は人と神が交わる神の子でしょう? なのに何故? 嗚呼、でもその答えを聞いてしまったら最後のような気がしてならない。
 アンナは動揺した。
 ギルガメッシュの口から出る言葉全てに敏感になってしまう。
 これはまさにパンドラの箱だった。

「ギルガメッシュの名のもとに命ずる。女神アンナ、ジウスドゥラを探し我を先導せよ」

 ジウスドゥラなる人物に会わせた方が良いのか。それとも拒絶した方が良いのか。アンナには判断を下すことは難しかった。

 逡巡し、沈思したのちアンナは右手を太陽が表舞台に立っている空に向かって伸ばし、すーっと息を吸って目を閉じた。
 アンナの世界は暗転した。

「命ずる。星海よその声を響かせろ。我が名はエンヘドゥアンナ。天明の星は明星の暁ならば、我は宵闇の混沌に七剣星を翳さん」

 伸ばした掌に向かって星の光の粒が集まってくる。星の生命の残滓のように一つ一つの光は頼りなくても、集まれば目が眩むほどの光になる。
 ギルガメッシュは一瞬目を細めたが、すぐに赤い目を凝らしてアンナを見つめた。
 光の残滓が集まり一つの球体となり、アンナは光の球を己の胸元に近付け息を吹きかけた。神であるアンナの吐息には魔力が含まれている。星そのものが持っている魔力にアンナの魔力が加えられた光の球体から一本の筋が天に向かって伸びた。見えない月に当たり屈折した光の筋は彗星のように地上に向かって流れていき、山の向こうに消えていった。

「——ほう」
「なぁ〜あ」
「して、ジウスドゥラは何処におる」

 アンナが彗星が落ちて行った方向を指させば、ギルガメッシュは片目を吊り上げた。山の向こうに消えていった彗星の方角は今二人がいる地点と反対方向にあるからだ。冥界のお膝元であるクタ市は広く、徒歩での休憩なしの移動でも一日はかかる。しかも、山を越えたのだから、山の中を移動しないといけない。
 酷く疲れる。アンナはギルガメッシュを前に隠すこともなく大きな息を吐いた。飛行するのにだって魔力を使う。それに今、魔力を一気に消費したばかりで正直一日中飛び続けることは難しい。
 出来ればギルガメッシュには、ジウスドゥラなる人物のところには行かない。という選択をして欲しかったアンナだったが、ギルガメッシュにはジウスドラのもとに行かねばならない理由があった。

「行くぞ。案内しろ」
「あーい」

 気の抜けた返事をしたアンナを引き連れてギルガメッシュは歩き出した。
 途中ロバと荷車を買ったことでアンナが想定していた魔力回復が間に合わない道中ではなく、十分に休息が取れる旅路となったことにアンナは安堵し、ギルガメッシュが操るロバの馬車の揺れに誘われるように目を閉じた。
 土の匂いと風の音。草が揺れる気配に揺れる荷台とロバの足音。その全てがアンナの子守唄であり、世界の全てだった。

 クタ市の中心街を通り過ぎ、今は何もない地平戦を走っている。作物を育てるには水が足りなさすぎる。乾いた大地を砂が撫でている。

「あぅ、ぎーう!」
「何だ雑種。くだらいことなら明日の朝日を拝めぬようしてやるが」
「むー、りっ!」
「出来ぬと抜かすか。この我に」

 シドゥリがこの場にいれば、子供相手に何を……と呆れていただろうが、如何せんこの場には子供相手にも容赦がない王と、子供の皮を被った神が一体。
 手を取り合うことなんて夢のまた夢の話。

「ぐぁっ! ぎぃ!!」
「フハハハハハハっ! 貴様の出自を恨むが良いわ」

 天の鎖でぐるりと簀巻きにされたアンナは荷台の上で転げ回っている。こんな鎖断ち切ってやる。と意気込むアンナは腕に力を入れるも、鎖の締め付けが強くなるだけで、抜け出すことが出来ない。
 人間の女の腹から生まれたとはいえ、アンナは神の子だ。天の鎖は容赦なくアンナの身体を締め付ける。
 またこの話は叙事詩の中で、歴代の神たちの中でアンナだけがギルガメッシュの天の鎖の餌食になった。と記述され、何千年後の未来に向けて残されることになることを、この時のアンナは知りもしなかった。