「祝福を与えましょう」


 土砂降りの夜から開け、暁の光が暗い洞窟に差し込む頃に二人は目を覚ました。
 寝ている間にいつの間にか体勢が変わっていたようで、朝日に瞼の裏が刺激された時目の前に金色の髪を持った男の顔があって心臓が跳ねた。思わず息を飲んでしまう程の美しさに、アンナは目を逸らしてゆっくりとギルガメッシュの腕から逃れるように抜け出して入り口までふらつきながらも飛んで行った。

 雨のカーテンがさっぱりなくなり、これでもかという程太陽が燦々と輝いている。

 もう一歩洞窟の外に出てみれば、昨日横目に見ていた光柱が太陽の輝きに劣りながらも存在を見せつけている。
 これは何もなければ今日中に何とか目的地に辿り着くことが出来る筈だ。そうなれば、この奇妙な旅ともお別れ役目御免というわけだ。
 正直生まれたばかりのこの身では神としてまだ不安定で、父アンから何一つ役目を与えられていないものあり存在が酷く不安定だ。消失することはないだろうが、このままでは身体が成長することもないのだろう。イシュタルやエレシュキガル含め神は子供の姿では生まれてこない。役目を持って生まれてくるのだから。

「…………私の役目は何ですか。お父様」

 時折アンナは天に向かって問いかけた。
 静かに、呪文のように繰り返すその問いに答える声は何処にもなくて、確かに父はいる筈なのに声が一度も聞こえたことがないその事実にアンナは胸を苦しませた。
 神として未熟だから。だからアヌは問いに応えないのだろうか。神として認められてないから役目を与えられないのだろうか。

「お父様」
「その問いに答えなど返ってくるわけもなかろう」
「――っ!?」

 閑静な空間の中に突然入って来た第三者の声は誰でもないギルガメッシュのもので、アンナは咄嗟に後ろを振り向いて皿のように丸くした目でギルガメッシュを見つめた。

「大方貴様はアレの後継機……いや、改良品と言ったところだろうよ」
「かい……?」
「エルキドゥが上手くいかないとわかればすぐに違う手を送り込んでくるあたり、相当焦躁しているらしい……ハッいい気味だ。実にいい気味だ。――何? どういう意味かだと? たわけ。そんなもの自分で考えろ」

 自分で考えろと言われましても、一体全体何をどうしたらいいのだ。そもそもエルキドゥって誰だ。改良品? 神たる私が改良品だというのか。
 エルキドゥにはなんの欠点があったのだろうか。改良品を作るくらいなのだから今は機能を停止しているか、職務放棄をしているか……どちらにしろ父様が再び私という改良品を作らないといけない状況に陥っているのだろう。

「それよりも行くぞ」
「……あーぃ」

 ロバの荷車はゆっくりと発車した。
 数刻荷車に揺られ漸く辿り着いた光柱。クタ市から山を越えた林の中。大きくはないが川もある。他には鬱蒼と生える草と背の高い木が生えているだけで他に何もない。

 読み間違えたか? と首を傾げながらも光柱の周りを飛んで一周してみるも、ジウスドラなる人物がいるようには見えない。とは言え読み間違えた感覚は何故かない。

 確実にここに居ると告げている。

 アンナが光柱に手を突っ込もうとすると、ギルガメッシュが首根っこを掴んで後ろに放り投げた。視界が変わっていく瞬間に、銀色に鈍く光る刃物がアンナの目前に音を立てて落ちていた。

「――っ!!」
「フム……助けてやる義理もなかったか」

 ――もし、ギルガメッシュが助けてくれていなかったら今頃……。

 ギルガメッシュの足元には大きな斧が一丁。刀身の半分が地面にめり込み、ギルガメッシュの足元は亀裂が出来ている。
 勢いのまま脳天に直撃していれば……神とはいえ命はない。冥界に送られていただろう。何もわからないままこの生を散らしていた。

「あいがと……」
「敬語が足らん。貴様、命の恩人に斯様な口の利き方をしていいとでも思っているのか? 命を助けられたのなら命を持って返すべきだろう」

 その通りなのだ。が、ギルガメッシュに言われると何故か、どうしてか反発したい気持ちでいっぱいになる。
 だが言われていることは正論なので逆らう余地がない。
 アンナは眉間に皺を寄せ、唇を噛みながらギルガメッシュの赤い目をじっと、半ば睨むように見つめて口を開いた。

「ありがとう、ございます」
「それでよい。――してこの斧は……門番の斧か」
「――左様。我々は冥界の守り始まりの門番。半神ギルガメッシュよ何をしに此処へ来た」

 ギルガメッシュの足元に刺さっている斧から視線をずらし、声がした方向に意識を向けると光柱の中からサソリ人間が二体出てきた。上半身は人間の形を模していて下半身はサソリの形を模している。一体は斧を持っていて、もう一体はギルガメッシュに向かって投げた為に武器を所持している様子はない。
 アンナが初めて触れる人間と神とギルガメッシュ以外の存在だった。

「再び問おう。貴様は――」
「くどい。我の耳を愚弄するか痴れ者が。バビロンを滅ぼし損ねたエンリルを欺きエンキに祝福されし男を我の眼前に連れて来い。拝謁を許す」
「ならぬ。貴様が望む男は楽園の地にて生を享受している。地上に出ることをエンキは望んではいない」

 ギルガメッシュの足元に刺さっていた斧がいつの間にか姿を消し、光柱の前に立つサソリ人間二体は各々持つ斧を交差させギルガメッシュの行く先を封じている。サソリ人間の後ろにある光柱は凄まじい勢いで輝きを失くしていき、あっという間に消えていった。それでもサソリ人間たちはギルガメッシュの行く手を阻む斧を下ろしたりはしていない。
 光柱はアンナが付けた目印であって、そこが出入り口なわけではないにしても光柱があった場所に入口があったのは間違いない。
 だとすればアンナの能力――権能とも呼べる星読みの力は確かなものだとたった今証明されたことになる。

「そこな小童。ジウスドゥラが此処にいるのは間違いないな?」
「あい」

 放り投げたアンナの心配なんぞしないまま、振り向きもせずにギルガメッシュはジウスドゥラの存在をアンナに問うた。頷きながらつ拙い言葉で返せば、「そうか」と一言呟くと背面に黄金色の円盤が六つ浮かび上がり空間を歪ませた。

「出さぬとほざくのであれば、その命ないものと心得よ」
「此処からは一歩も通さぬ。通りたければ我々の守りを超えてゆくがいい」
「この我を試すか。良い! 疾く失せよ」

 黄金色の六つの円盤の中心から剣や槍が幾つも飛び出してサソリ人間に向かって伸びていく。目で追えない速度で飛び出すいくつもの武器をサソリ人間が羽虫を払うように横に一度振り翳すと風圧でギルガメッシュが放った武器が風に呷られ地面に落ちていく。

「ほう」

 これは意外だとギルガメッシュは息を吐いた。相手の力量を考えず圧倒的な力で排除し屈服させる。とは言え、常に全力を出しているわけではない。今のも全力ではなく相手の強さに適当な当たりを付けて攻撃しただけなのだろう。サソリ人間には全く通じなかったわけだが。

「無駄だバビロンの支配者よ。貴様の鎖は我らに届かず、貴様の剣は空間を断たず――諦めよ。立ち去られよ。貴様は此処に相応しい人間ではない」
「貴様、この我に出来ぬとほざくか……!」
「ぎる……」

 癇に障ったのがギルガメッシュの顔を見なくともわかった。全身で纏うナイフのように鋭い殺気にアンナが目を細める。皮膚がピシりとひりつき産毛が逆立つ。自分に向けられたわけではないのにも関わらず、ギルガメッシュが放つ圧が肌を伝って伝わってくる。

「其処に跪くがいい雑種」

 その一言を皮切りに再び戦闘に突入した。激しい攻防は三日三晩にも及んだ。双方怪我を負い地面に血が溜まるほど血が流れている。そんな戦いの四日目の朝日が昇る頃、ギルガメッシュが片膝を着いて崩れた。背面に浮かんでいる空間を歪ませている黄金色の円盤が全て消えると、ギルガメッシュは深い息を吐き出した。
 肩で息をし始めたギルガメッシュに駆け寄ったアンナ。
 小さく短い手でギルガメッシュの剥き出しの肌に触れば、人の体温とは思えないほどの熱を宿していた。

「あつい――っ!」
「気安く触れるな餓鬼」
「地に伏すかバビロンの支配者。このまま立ち去られよ」
「雑種、戯言もいい加減にするがいい。我が地に伏すなど――ぐッ!」
「ぎる!」

 立ち上がろうとするも足に力が入らずに上半身が地面に倒れた。
 王たるギルガメッシュには屈辱的な姿なのだろう。怒りで身体が震えている。

 サソリ人間が役目を終えたとばかりに血だらけの身体で斧を手に持ち空間を歪ませた。このままだと逃げられてしまう。このサソリ人間が現界した理由はアンナが星読みをしたからだ。
 チャンスを逃すわけにはいかない。
 ギルガメッシュが怒気だけで高熱の身体を無理矢理動かし、上半身を僅かに起こして腕を伸ばし黄金色の円盤を空間に出現させ一本の鎖が姿を現した。鎖がサソリ人間の身体を貫通させるもサソリ人間の動きが止まらない。

 アンナがギルガメッシュの前に立ち、膝を着けギルガメッシュの顔を小さな手で持ち上げた。
 何とかしてあげたい。助けてあげたい。助けてくれたのだからその恩を返すべきだ。

 アンナは自分がするべきことを本能と呼ばれるような強い意志で理解した。

「その姿――」
「貴方に祝福を与えましょう」

 赤い目に映るアンナの姿は赤子のそれではなく、少女の姿を象っていた。
 額に口付けを落とせばギルガメッシュ身体が光に包まれる。ギルガメッシュの身体中の傷が癒え身体を蝕んでいた熱が溶けて消えていった。

「き、さま……」

 驚き目を大きくさせたギルガメッシュを前に少女は口元で弧を描いた。

 ――アンナの施しによって戦いに決着がついたのは語るまでもない。