仮説は定説


 休みの日にトレイに教わりながらクッキーを作った。それもこれも、仮説を確かめる為だ。
 アンが魔力を摂取出来る方法は、アイテムなのか、作った人なのか。
 クッキーよりも紅茶の方が反応が良かった事しかわかっていない。
 だからボクがクッキーを作る事で、アンの反応を見ようと言う話だ。

「ねぇトレイ。お菓子を作る時に魔力を入れたりする事はあるのかい?」
「それはないなー。考えた事もないよ」
「そう、だよね。わかった。ありがとう。次の作業だけど――」

 ボクはこの会話を中断させる為に生地が入っているボウルをトレイに見せた。空気を読む事が得意なトレイは話を断ち切ったボクに深入りする事はせずに、ボウルの中身を確認して次の指示を出してくれた。
 トレイの指示に従ってバターの香るクッキー生地を作っていく。途中トレイに「セイウチ印のオイスターソースを入れないように」と冗談を言われたが、そんなもの、過去に一度大きな失敗をしているのだから、入れるわけがない。トレイだってその事を知っていて、敢えて冗談を言って来るのだから、優しいばかりの男ではないのだ。

 丸い型抜きを使った生地をオーブンに入れ、時間を計る事数十分。香ばしくも甘い匂いがしてきたのでオーブンを覗くと、キツネ色のクッキーたちが出来上がっていた。

「お、上手に出来たな」
「当たり前だよ。トレイのレシピ通りきっちりやったんだからね」

 オーブンから鉄板を取り出してクッキーの熱を冷まさせる。時間がある時はゆっくりと荒熱を取る事も選択肢の一つだが、魔法が使える人間はそんな選択肢は取らないだろう。マジカルペンを取り出したボクは、それを振るってクッキーの荒熱を取る。鉄板の上に乗っているクッキーを一つ指で摘まんで口に含むと、サクッとした触感にバターと小麦粉の香りが口の中に広がり、ほんのりとした甘さが鼻に抜けた。
 トレイの作ったお菓子に比べれば、一枚劣る気もしないではないが、満足の出来だった。

 それを数枚ハンカチに包み、予め作っておいた紅茶の入ったポットが入っているバケットの中に入れる。残ったクッキーは白い皿の上に並べて寮生が食べられるように、メッセージを書いて広間に置いておいた。
 バスケットを持ってヒールを鳴らしながら寮を出ると、今年入って来た問題児であるエースとデュース、それに何かと事件に巻き込まれるオンボロ寮の監督生と食い意地が張っているグリムが何かを言い争いながら寮内に入って来た。

「大声出しての会話なんて規則以前にマナーがなってないよ」
「寮長! 聞いてくださいよー。デュースが監督生に――」
「なっ! エースとグリムが先に水をかけて来たんじゃないか!」

 話を聞けばエースとグリムが暑いという監督生に向かって、魔法で水をかけてあげたが調節が上手くいかずにバケツをひっくり返したような勢いで監督生をずぶ濡れにし、それを見かねたデュースが慣れない炎魔法で監督生の制服を乾かそうとしたが、監督生の制服を焦がしてしまい、取り敢えずハーツラビュル寮に連れて来た……というわけらしいのだが。
 ……正直呆れて言葉も出ない。

「……兎に角監督生の制服を何とかしよう」
「迷惑をかけてしまって申し訳ないです。けど、何処かに行く予定だったんじゃ……」
「ハーツラビュル寮生が起こした問題だからね。何すぐに終わるから大丈夫だよ」

 手に持っていた杖を数回振るうと、監督生の周りに金色の粒子が舞う。粒子は金色から七色に色を変え監督生を光る粒子が覆う。監督生を挟むように立っていたエースとデュースの目にきらりと、粒子の光が反射し、頬を明るく照らしている。

「え? ちょ……」
「どうなってんだ?」
「キラキラなんだゾ!」

 この光景を見た三人は三者三様の反応を見せていたが、驚いている事には変わりはなかった。
 七色に光る粒子が弾けるように消えると、綺麗な制服を身に纏っている監督生が現れた。肩幅があっていなかった制服のサイズも直した為に、今までよりも着心地はいい筈だ。

「どうだい?」
「凄いです! 今まで少し大きかったんですけど、サイズがぴったりになりました!」
「そう。お前たち次同じ事をやったらおわかりだね?」

 エースとデュース、それにグリムに向かって凄むと、彼らは姿勢を正し敬礼して「はい、寮長!」と返事をした。本当はもう少し説教をしないといけないのだけれど、そんな時間は今のボクにはなく、今回は見逃してあげる事にした。
 本当に反省しているのであれば、こんな馬鹿げた事、二度としないだろうと思ったからだ。

「寮長今の魔法は……?」
「これは授業では習わないけど、覚えていて損はない魔法だよ」

 言うなればこの魔法は応用魔法だ。初歩魔法である修復魔法に補正魔法を加えたもの。二つの要素を同時に行うのは慣れるまでは難しいが、出来れば幅も広がり魔法士としての技術も上がる。
 簡単な説明をすれば、デュースは目を輝かせエースは「出た出た、天才の片鱗」と息を吐いていた。

 甘い匂いがすると鼻が良いグリムに、広間にクッキーがある事を伝え、ついでにハーツラビュル寮に足を踏み入れたからには、ハートの女王の法律に従うように監督生とグリムに言い聞かせてボクは再び足を前に動かした。アンがいる場所は薔薇の迷路のその先だが、何処をどう行けば何処に出るのかわかり切っているボクにとってこの迷路は既に迷路の役目を果たせていない。
 長い長い道のりを歩いて辿り着いた灌木。そこに白薔薇の中で眠るアンの姿があった。

 日は傾きだしたとはいえまだ眠るには早い時間。こんな時間から寝ているのか、こんな時間まで寝ているのかは今来たばかりのボクにはわからないが、その内起きるだろう。とハンカチを地面の上に敷き、そこに腰を掛ける。いつもの場所でいつもと同じ動作だ。そうなればこれはルーティンと呼ばれるものになる。
 バスケットを隣に置いて、簡易コップに紅茶を注ぐ。その匂いにつられたのかアンの小さな体がもぞもぞと動き出した。それを横目にバスケットの中からハンカチに包れたクッキーを取り出す。

「んん……もう朝、なのかしら」
「昼もとっくに過ぎて今は午後の四時だよ」
「あら、いい匂い。それとおはよう、リドルくん」
「少しは生活リズムを整えたらどうだい……」

 幾ら人間と妖精の価値観が違うとは言え、此処までズレているものなのだろうか。マレウス先輩やリリア先輩はもう少し人間らしい生活をしている筈なのだが。と呆れた視線をアンに向けるも、そんな視線に気が付いていないアンは甘い匂いに夢中で、羽根を頼りなく動かしてボクの肩に腰をかけた。

「今日も甘い匂いがするのね」
「クッキーと紅茶どっちがいい?」
「紅茶が良いわ! あれとても素晴らしいの」

 肩口にいる為にアンの表情は見る事は出来ないが、満面の笑みを浮かべているのだろうと簡単に想像がついた。杖をマジカルペンに変えてそれを振るうと、簡易コップに入っている紅茶がふよふよと浮かびだして、波紋を作りながら球体に変わっていく。それをアンの口元まで移動させれば、アンは黄色い声をだして球体に顔を近付けた。
 小さい喉仏を上下に動かしている間に、ボクはクッキーを一枚指で摘まんで二つに折る。屑がどうしても腿に落ちてしまうが仕方がない。と半月になったクッキーをアンの所に持って行くと、彼女は小枝の腕を伸ばしクッキーを抱き締めると、またふわりと飛んで、今度はボクの腿の上に腰を落ち着かせた。
 彼女の中にはクッキーを食べるなら此処だという決まりがあるのか、物を食べる時は決まってボクの腿の上に座る。

 半月のクッキーを口に含んだ彼女は、紅茶を飲んだ時のように頬を赤らめ、その双眸を輝かせた。まるでリスのように頬一杯にクッキーを詰め込んだアンは興奮した様子で、小枝の腕を必死に上下に動かしている。
 然し、口に物が詰まっている所為で何を言っているのか、ボクには聞き取る事が出来ず、小首を傾げ続けていると、漸く食べきったアンが、勢いよく飛んでボクの鼻先に両手を置いた。

「凄い! 今まで食べて来たクッキーよりも美味しいわ!」
「そう。よかったじゃないか」
「最高だわ!」

 まぁ、紅茶の時と同じような反応だったから、何となく予想は出来ていたが、これで仮説は確定となった。
 アンは魔力を栄養分として摂取していて、トレイよりもボクが作ったものの方が魔力を摂取する事が出来る。

 妖精が人間から魔力を摂取する事なんてあるのだろうか。聞いた事がない。と内心首を傾げていると、腿に乗っている質量が急に増した。
 何が起こったのか。と腿に乗っているアンを見ると、推定年齢三歳程度の子供がボクの膝の上に乗っていたのだった。

「は……?」
「あれ……? 大きくなった……みたい?」

 口元にクッキーの屑を付けた三歳児が、最近耳に馴染んできた声で話していた。
 





Bambi