それは、日常を動く瞬間


「今日は金の混合水を作る。作り方は完璧だな駄犬ども」

 朝一番の授業は魔法薬学だった。クルーウェルが教鞭を振るうこの授業。何かと細かい作業が多く地味であることが理由で一年生にはウケが悪いが、ユウは異世界ならではで魔力を使用しなくても出来る作業がまあまあある為楽しみにしている授業であった。

「マルコ・トレッツィ。金の混合水の材料を答えろしろ」
「……金の卵と、ピュティム……? の葉を……」
「バッドボーイ!!」

 クルーウェルの怒号が授業開始三分で発せられた。因みに最速は入学して最初の授業、クルーウェルが教室に入って来ても静かにならない生徒相手に授業開始一秒で黒板に鞭を打ちながら怒鳴った。ユウは目を白黒させ肩を震わせたことをよく覚えている。

 ぬるっと授業が始まるこの世界のスタイルに最近慣れ始めたユウは教師が教室に入ってくれば必ず座ったまま一礼している。因みにこの礼の意味は教師陣には伝わっていないことをユウは知りもしないし自己満足なので伝わっていなくてもいいとすら思っている。
 今日も今日とてユウはクルーウェルに向かって一礼していた。

「マルコの回答は違うのか?!」
「えっ?! デュース本当に言ってるの?!」
「金の卵と草を入れるんじゃないのか!?」
「出たよバカデュースくん。優等生は遠いんじゃなーい」

 教室の片隅でデュースがクルーウェルに怒られているマルコを見て驚いた。
 確かに乾燥マンドレイクを作るには乾燥させる必要があるのだがその前に作業工程はある。デュースはそれが頭からすっぽりと抜けてしまっているようで、本気でわからないと雄弁に表情が語っている。

「そこ! うるさいぞ!」
「すんません!」
「デュース・スペード答えろ!」

 怒りの矛先がデュースに移った。
 マルコはあからさまに息を吐き出し、反対にデュースはピーコックグリーンの瞳をオロオロと左右にさ迷わせ「あー……えーっと」と切れの悪い意味のない単語を零している。
 これは助け船を出すべきだろう。可哀想というよりも真剣に授業を聞いているデュースが理不尽――実際問題真剣に授業を聞いても覚えられてないのだが。兎に角マルコのとばっちりで怒られる姿は見たくはない。とユウはノートの端に答えを書いて隣で困惑しているデュースに見せた。

「──! ピュルケの葉の煮汁と十年生きた二枚貝を鶏の金の卵で濾過したものです!」
「……正解だ。次からは教わらずに答えられるようにしろ」
「はい! ――ありがとう。助かった」

 口元を隠すようにコソコソと。然しその口ぶりは堂々としていてデュースの裏表のない性格が表れているように見えた。それがこの好ましくてユウはへらりと笑えば、エースが身を乗り出して下から見上げるようにデュースを見上げる。

「デュースくん良かったじゃん。優等生が隣に二人もいてよ」
「エース近い」
「お前は何もしてないだろ!」

 エース、ユウ、デュース、グリムと横並びに並んでいる三人と一匹。エースがユウを挟んで隣にいるデュースに近付こうとすれば必然的にユウが追いやられ、デュースに向かって傾いた。それでも遠慮しないエースは「気にすんなよ」なんて言って笑っている。
 男女間でこの距離感は普通なのか、エースのパーソナルスペースが狭いだけなのか……この多少強引な感じも嫌いになれないのだから大分ユウのパウンダリーが曖昧になってきている。

「エース・トラッポラ、ピュルケの葉が多いと何色に変化する」
「はーい。赤色に変化します」
「それはどうやって確かめるんだ?」
「白い炎っす……え?! それ以外あったっけ?」
「バッドボーイ! 勉強し直せ」

 クルーウェルがチョークを持って黒板と向かい合うと、今度はデュースがユウを挟んで隣のエースに詰め寄った。今度はユウの身体がエースに傾く。

「惜しかったな」
「お前よりは答えられたんじゃね」
「同じだろう。僕だって乾燥させることは知っていたからな」
「二人とも近い」

 ユウを挟むようにくだらない言い合いをし始めた二人の頭を手で押し返せば、エースは大人しく離れ、デュースはユウという異性に近付いていたことに気が付いたらしく飛び退き頬を上気させる。
 うん。なんともデュースらしい純情男子の反応だ。とユウは心の中で数回頷きカツカツと乾いた音を響かせながら、黒板に文字を埋めていくクルーウェルの流れるような癖のある文字を必死にノートに写した。

 気を抜くと直ぐに魔法で文字が消えていく黒板。板書するのは得意であるユウには簡単な行為だが、眠気と戦っているグリムには難しいらしく、ノートにミミズがのたうち回っている。
 隣に座るデュースにグリムを起こすように伝えれば、ハッと肩を上に動かし目をパチパチと瞬きさせた。――ノートには睡魔と戦っていたのか、文字とミミズの間のようなものが並んでいる。
 ――大格闘をしていたことだけは察した。

 何度も何度も作り直した上でクルーウェルの合格点を超えた金の混合水が瓶の中に収められ授業が終わった。
 総合評価的に中の下らしい混合水の出来に負けず嫌いのユウの一面が顔を出した。
 魔法を使う分野で他の生徒に劣るのは仕方がない。と割り切れるが魔法を必要としない分野において劣るのは負けた気がして嫌だ。
 多少グリムに迷惑をかけるが、納得が行くまで挑戦してみたい。その一心でユウはクルーウェルに駆け寄った。

「先生、お願いがあります」
「なんだ?」
「放課後、もう一回金の混合水作ってもいいですか?」
「やる気があることはいいことだが生憎俺は放課後にやらなければならない仕事がある。他にお前のことを面倒みれる人がいないか探しておこう」

 やることがあると言われた瞬間、駄目だったか……と落ち込むユウはクルーウェルの言葉に目を輝かせた。

「あの、本当にいいんですか?」

 口では遠慮がちなことを言いながらも、目を輝かせているあたり年相応の可愛らしさが見える。
 クルーウェル含め、ナイトレイブンカレッジの教師はやる気のある生徒を大事に扱っている。
 その中でもユウは一際異質の存在である。魔法士を目指す学校に通う魔力のない生徒がやりたいと言うのであれば協力するのが教師としても人としても手伝いたくなるものだ。
 クルーウェルの手がユウの頭に伸び、犬の頭を撫でるような手つきでユウの頭を撫でた。

「放課後、薬学室に来るように」
「はい! 先生お顔だけじゃなくて中身までイケメンですね!」
「ハッ、何を今更当たり前のことを言っている。まぁその歳で俺の魅力に気付いたのは及第点だな」
「ありがとうございます」

 そうして来る放課後。ユウは薬学室の扉を開けた。何かと日差しが差し込む教室には色とりどりの花が植木鉢に植えられている。
 この教室にあるくらいだから全てが薬草なのだろうがユウにはどれが何の魔法薬に使う材料なのか分からない。
 綺麗な花だなぁ。という感想しか出てこない現状だ。

 木製の大きくて長いテーブルの一角に腰を落ち着かせた。一際風の通りがいいこの教室に流れ込んできた風が頬を撫でてはどこかに消えていく。
 もしかしたら風の一つや二つにも意思があるのかもしれないと思ったのは、この世界に飛ばされて来て広がった価値観による思考。
 常に夢のようなこの世界は目に入る全てが奇天烈で怪しくて美しい。

 ――いつかこの世界から去った時、何度も思い返しては懐かしいと目を細める瞬間が来るのかもしれない。そんな時、前を向けるような思い出に変わっていてくれてたら嬉しい。そんな思い出を作っていきたい。

 ……まぁ。この学園にいる限り難しいんだろうけど。

 よくわからない因縁を付けてくる輩が兎に角多い。酷い時は目が合ったからって喧嘩を売られたことがある。……デュースが買っていたけど。
 ガラが悪い輩が多い中でいい思い出を作るのは至難の業だけど、記憶でしか持っていけそうにないのだから頑張らないと。

 とはいえ、今頑張るべきものは金の混合水だが、指導役の生徒が現れない。
 クルーウェルに特徴を聞けばよかったものの、慌ただしくしているうちに放課後になってしまい今に至るのだから溜息しか出ない。

 何をしていようかな。ともう一度立ち上がるとガラリと音を立てて薬学室の扉が開いた。
 クルーウェルか指導役の生徒だろうと当たりを付けて「よろしくお願いします」と頭を下げると、吐き捨てるような笑い声が耳を掠めた。

「よろしくねぇ。オンボロ寮の監督生ちゃん。オレは何を教えたらいいのかな? 男と女のアレソレとか? 任せてよ。実戦経験豊富だからさぁー」
「…………混合水の作り方を教わりたいのですが」
「ンなこと知らねぇよ!!」

 何が気に食わなかったのか、大して知りもしない生徒が荒々しく木製の机を蹴り飛ばした。音を立てて倒れた幅広の長机が、横倒れして机の意味をなしていない。

「机、壊れちゃいます」
「この期に及んで机の心配か? 良いよなぁ、お前は寮長たちに目をかけられてよ」
「……何が言いたいんですか? 魔力がないくせにナイトレイブンカレッジに通ってることへの文句であれば学園長に。寮長たちへの不満なら各寮長ないし副寮長へ。私自身に関する苦情ならどうぞそのまま続けてください」

 正直毎度毎度喧嘩を売られていれば変に慣れてしまう。慣れても怖いものは怖いのだが、してやられっぱなしは嫌だし、先手必勝。文句の受け付ける分野のご案内作戦だ。
 この作戦功を奏したことはあまりないけれど、一方的に何か言われるよりはいい。

「ごちゃごちゃとうるせぇな。オレはおめェの存在が気に食わねぇんだよ。強くもねぇ癖に当たり前の顔をしてこの学園にいるお前が嫌いなんだよ!」

 ゆらりとした動きで歩き出す生徒の動きとは反対に口調は荒々しい。そのちぐはぐさが不気味さを生み出して、ゾクリと背中に冷たい汗が伝う。
 距離を空ける為男の動きに倣って、ユウも一歩一歩と後退するも、背中が壁に着いてしまい逃げ場を失ってしまった。

 見上げる男の目は鋭く、厳しい。
 万事休すか。と冷静なの頭の一部だけで、心臓を始めとした体の各器官が逃げろと震えている。
 男の足が監督生の逃げ道を塞ぐ壁を押し付けるように踏んだ。ダンッ! と大きな音がすぐ側でして身体が竦む。
 ヤバい。ヤバい。これ絶対殴られる。しかもわけのわかんない理由で。そんなの嫌すぎる!

 やられっぱなしは絶対に嫌。その意思だけで男を睨み返すユウの視界に、ゆらりとコバルトブルーの頭が見えた。

 ――刹那、全ての血が引いていく音を体の内側から聞いた。

「なんだ? 今更顔青くしたって結果は変わんねぇぜ?」
「……げ、」
「あ? ビビっちまって声も出ねぇってか! 傑作だなこりゃあ!!」
「――逃げて!!」

 忠告が先だったか、脅してきた生徒が吹き飛んだのが先だったか……。
 頬に強烈な回し蹴りを喰らった生徒が、重力を切り離したように吹っ飛んで行った。薬品が仕舞われている棚にぶつかり、ガラス瓶割れる甲高い音と、棚が壊れる鈍い音を響かせながら生徒は背中から着地した。
 着地と言うには余りにも無様な姿に思わず眉を顰めた。

「……ぅ、ぐっ」

 だめ押しのように生徒の頭にガラス瓶が落ちた。コン。と控えめな可愛いらしい音が妙に滑稽に響き、ユウの緊張の糸がプツリと切れた。怯んでいた脚が力を失くし尻が床に着く。遅れてやって来た震えが心臓から血管や神経を通して全身に伝わってく。心は安堵の息を吐いているのに、身体だけが未だに緊張をしているこの感覚が気持ち悪くて混乱する。
 ちぐはぐな感覚から脱却したくてジェイドを見上げすぐに後悔した。

 人を殺しそうな目をしていた。
 噂程度には聞いていた。リーチ兄弟はヤバいと。関わったら最後だと聞いていたけど、イソギンチャクの時はしつこい妨害をされたが、されたのはそれだけで、こんな仕打ちをされたことはない。ましてやこんな怒気と殺気を孕ませた瞳を向けられたことなど、ただの一度もない。

「テメッ……リーチ兄弟の片割れか。随分なご挨拶だなァ。オクタヴィネル寮長は寮生の教育をしきれていないらしいな」
「まさか。貴方の頬に虫が止まっていたので慈悲の心で排除させて頂いただけですよ」
「気持ちわりぃな」
「こんなところで何を? 何やら監督生さんと親密なご様子でしたけれど」

 ニッコリとお得意の笑みを浮かべている。口角の上がっている唇がうっすらと開いていて、ギザギザの歯が見えている。

「お前には関係ないだろ。さっさと出て行けよ」
「それが関係ない話じゃないんです。僕、監督生さんに思いを寄せているので、横槍が入らないようにしたいんです。例えば貴方のような羽虫に攫われたら堪ったものじゃないでしょう? トーマス・フラッチェさん」

 名前を知られていると思ってもみなかったらしい男子生徒は、予想外の出来事に動きを止めた。反対にジェイドが歩き出し右腿を上げたと思いきやトーマスの顔面を踏み潰した。
 僅かにだが鼻が折れたような音がした。
 薬学室に引き渡る男の叫び声と懇願を請う言葉。そのどちらにも涙が混じっていて、ユウの良心を容赦なく抉ってくるが、目の前で起こっている一方的な暴力行為に目を見張り身体を震わせている。

 止めないといけないのに、喉が張り付いて声が出ない。

 ――止めないと。

「もう止めてください!」

 半ば叫ぶようにユウはジェイドに制止を訴えた。トーマスを嬲っていた脚が綺麗に止まり、男の顔ではなく床に足が下ろされた。

「どうして?」
「どうしてとは?」
「この男に何かされたのでしょう? どうして止めてなんて言葉が出てくるのですか?」
「そんなの――」

 ――そんなの胸が痛いからに決まっている。
 それをジェイドに言ったところで理解してくれるだろうか。してくれないだろう。でもそれ以外に理由なんてない。良心が痛むから止めて欲しい。

 ユウは震える脚で立ち上がりトーマスに近付いた。目の周りや頬、鼻や額に至るまで附子色の内出血を起こしている。鼻に至ってはあらぬ方向に曲がってしまい血が流れている。
 正直言っていい気味だという感情を通り越し、早く病院に連れて行ってあげて欲しいという感情の方が割合が大きい。誰も此処までして欲しいなんて願っていない。

「もういいんです。私に売られた喧嘩なので私に勝負させてください」
「監督生さん……?」

 ユウは床にまで血を流し倒れているトーマスに見せつけるようにジェイドの腕に自身の腕を絡ませた。

「私に二度と関わらないでください。もしまた変な言いがかりをつけてきたら……わかりますよね?」

 ユウはジェイドの腕を抱き締める腕に力を入れ、ついでにジェイドの身体に自身の身体を押し付けた。誰がどう見ても、二人は男女の友情を超えた仲なのだろうと思うような距離の近さだ。実際は虎の威を借る狐なわけだが。
 ここまで親密な二人を見て、ユウに絡んでくる殊勝な奴はそういない。バックにあのウツボがいるとなると仄暗い過去の出来事――直近で言えばイソギンチャク事件の被害――が頭を過りユウに手を出すのを躊躇うだろう。
 この学園において、アズールに借りをを作っていない生徒の方が稀なのだから。

「話は変わりますが、監督生さんは寮内に虫が入ってきたらどうしますか?」

 本当に話が全く変わってしまい、ジェイドの質問の意図に理解出来ない様子を隠すこともしないまま、震える唇を動かした。

「基本、は……逃がす、派です」
「では僕もそれに倣いましょう。因みに僕は見つけ次第殺すタイプですよ」

 なんの話をしているんだ。とトーマスが苦痛の息を吐きながらジェイドを見上げている。鼻からも唇の端からも血が出ていてかなり痛そうだ。

 制服の内ポケットから小瓶を取り出したジェイドは、コルク栓を抜いて、中に入っている光る粉をトーマスに振りかけた。何をやっているのだろうか。もしかしたら慈悲の心で怪我を魔法で治療しているのかもしれない。いや、でもあのジェイドがそんなことをするはずがない。だとしたらあの粉は一体……。
 小首を傾げたユウがことの成り行きを見守っていると、粉を振りかけられたトーマスの身体が自然と浮き、ジェイドと同じ目線にまで高くなった。

「何をするんだ!」
「監督生さんの意向に沿って虫を排除しなくてはなりませんね。大丈夫です。僕、得意ですから」
「は──ッ!!」

 胸元から取り出したマジカルペンを振るうと、トーマスの身体がくの字に曲がり、窓ガラスを割って外に飛び出して行った。そのまま浮上し続けるトーマスの身体をガラス張りの魔法薬学室から見上げると、暮れなずむの太陽の光と重なった。
 眩しくて目を細めるユウの隣でジェイドがマジカルペンを一文字に振って空気を切った。刹那トーマスの浮上が終わり重力と切り離された身体が思い出したかのように重力に従って落下し始めた。

 ――このままだと地面に叩きつけられて死んでしまう。

 反射的にユウが駆けだすと、隣にいたジェイドがユウの腕を掴み動きを止め、更には後ろから抱き締め何も見えなくする為に大きな手でユウの視界を塞いだ。
 体温を感じさせない手で失った視界。盛大な水飛沫の音を耳が拾った。
 ト―マスは無事なのかもわからない。せめて見て無事かどうかだけでも確認したいのにジェイドの手が邪魔でそれすらも出来ない。

「先輩、彼は……」
「無事ですよ。少しお灸を据えただけですから」
「でも水飛沫の音が大きかったです」
「トーマス・フラッチェさんは実践魔法が得意な方で、中でも防御魔法には先生の目に留まる程なんだとか」

 羨ましいですね。なんてユウの耳元で囁くように語り掛けてきたと思いきやユウの視界が突然ブレ、気が付けばジェイドの胸元が正面にあった。視線を上に持って行けば申し訳なさそうに眉尻を下げながらも口の端を上げているジェイドの顔が一つ。

「遅れてしまって申し訳ありません」
「……先輩がクルーウェル先生が言っていた監督役の方、ですか?」
「はい。少し急だったもので部活動の方の用事を片付けてから向かったんですが、遅かったようですね」
「むしろ助けて頂きありがとうございます」

 感謝の言葉を伝えると同時に染み付いた癖で頭を下げた。トーマスに暴行を振るった時に付着したであろう血がジェイドの足元を汚してしまっている。
 余計なことをさせてしまったのだ。と自分の情けなさを責めていると、ユウの頬を両手で挟むように包んだ大きな手によって強制的に目を合わせられた。
 ヘテロクロミアの瞳がじっとユウの目を見ている。

「僕を、見てください」
「……見てますよ。あの、先輩、あの人、本当に大丈夫なんですよね……?」
「僕が目の前にいるのに、他の雄の話題を口にするなんてつれない方ですね。そんなことよりも僕、あの方を追っ払いましたよ」

 急激に変わる話題についていけないユウは、何も言わないままヘテロクロミアを見つめている。

「褒めてくださいませんか?」
「あ、――ありがとうございます」

 僅かに頭を下げたジェイドの頭を撫でるユウは背伸びをしている。前は背伸びをしなくてもいい高さまで屈んでくれたのに。
 ――あ、違う。
 見せたくないんだ。足元を汚している存在を目にしてほしくないんだ。だから視線が上にいくようにしてくれているんだ。

 無慈悲だと思っていた先輩も、案外優しいところがあるのかもしれない。なんてユウは呑気にジェイドの頭を撫で続けた。後ろを振り返ることも出来ないまま、ユウは男が満足するまで頭を撫で続けた。
 犬のように頭を撫でられ喜んでいるジェイドの言葉の全てを信じて。