──「でもね。“藤田五郎”にはお嫁さんがいたけど、“斎藤一”には好い人はいなかったんでしょう?」
蠱惑的で男を挑発する笑みを浮かべる千尋を前に斎藤が言葉を失ったのは三日前の話しだ。
千尋の一途さを言葉で伝えられてからというものの、斎藤はその日の晩どころか、三日経った今でも思考の三割を千尋に持っていかれている。じじいのくせに情けないと肩を落せば、隣で沖田が声を上げて笑った。その眦には涙を浮かべており、何がそんなに面白いのか。と問いただしてやりたくなったが、他人がこんな状況に置かれていれば、そりゃ面白いか。と思い直して更に深い溜息を吐いた。
「お孫さんに迫られるなんて、そんなことあるんですね」
「いやぁ、普通はないんじゃないの。これはイレギュラー中のイレギュラーでしょ」
「フフ、けれどお孫さんも見る目がありますねぇ。斎藤さんは当時から女の人にモテていましたから。芸者やら市中の女性やら」
「そりゃあ僕ってば女の子の扱いが上手だから」
腰に差している刀に手を置いて広い廊下を二人で闊歩していれば、不意に向こうから桃色の髪をした少女が小走りで何処かを目指して走っている。マスターの後輩であり、正式に契約しているシールダーと目が合えば、真っ直ぐ斎藤と沖田に向かってマシュが駆け出した。揺れる前髪が印象的なマシュが二人の前に立つと、高揚した頬を隠すことなく「あのッ」と小さな唇を開いた。
「千尋さんを何処かで見ませんでしたか?」
「斎藤さんのお孫さんですか……私は見ていませんけど。斎藤さんは?」
「いや、俺もここ二、三日姿を見てねぇな」
「そうですか……」
目を伏せるマシュを前に二人はお互いに顔を見合わせた。この様子を見るに何かがあったらしいのはわかる。が、藤田千尋という女は常に移動をしているのか、何処かに隠れているのかと思うほど、一度姿を消せば中々見つからない。人海戦術でも使った方が早そうだ。と結論付けた沖田が目を細めて口元を緩やかに上げた。
「私たちもお手伝いしましょうか?」
「いいんですか?! 先輩が千尋さんを探しているみたいなので、見つかりましたら先輩の所に行くように伝えてください」
「わかった」
「ありがとうございます! それでは私は向こう側を探します!」
背中を向けて駆け出した少女を見送った二人は、ゆっくりと歩き出す。走って早く見つけるのも手だが、周りをじっくりと観察して異変──千尋の存在がないかを探すのも重要なことだ。市中に巡察に出ていた時は、良くわざとゆっくり歩いては町民の反応をじっくりと観察したものだ。
「それで話は戻りますが、お孫さんとどうなる予定なんです? 好い仲になるんですか?」
「いやぁ、俺あの子のお祖父さんよ? 正確には高祖父だけど。子孫にそんな目で見られても困るっていうかなんていうか」
「じゃあお断りするんですか。可哀想に。まぁでも、此処から出れば出会いなんて沢山ありますからね。いい出会いがあることを願いましょう」
「…………あー、それは、ちょっと、なぁ……」
「えー……? 面倒な性格をしてますね」
「なーんでこんなことになっちゃったかな」
千尋の隣に居続けることは出来ない。もう一度泣かせる覚悟は……まだない。かと言って見知らぬ男の隣でへらりとあの笑みを浮かべるのかと思うと、それは腹立たしい。自分勝手だとわかっているが、湯が煮える怒りが次から次へと浮かび上がってくるのだから仕方がない。
こんなにも面倒な性格をしていただろうか。と無機質な天井に視線を向けた瞬間、隙間が空いている扉の向こうから聞き慣れた声が聞こえて来た。
「──で、──藤丸──、────」
「はい。──────は、──────です?」
「──よ──────がい──」
本当に僅かに聞こえてくる幾人かの声を耳にした斎藤と沖田は、瞬時に気配を消して壁に背中を預けるも話はもう終わってしまったようで、部屋の中から二人のスタッフが出てくるがそこに千尋の姿はない。部屋の中にまだいるのだとわかった斎藤たちはマシュに託された伝言を伝えるべきだと判断し、たった今この扉の前を通りましたと装いながらスタッフに近付き、千尋の所在を確認すれば二人は殆ど同時にたった今出て来たばかりの扉を指差した。
「所長代理補佐ならこの中にいますが、今立て込んでおりまして」
「なるほどー。私たちマスターからの指示で千尋さんを探していたんです」
「そうですか。一応取り次いでみますが……」
反応するかどうかわからない。と言葉で語らずとも目が泳いでいる。集中しきっている千尋を前に、声が届くかどうか……。そんな不安が職員の態度に現れている。何も聞こえなくなるほど集中出来るのは美点でもあるが、場合によっては欠点とも呼べる。
この場合は間違いなく欠点である。スタッフの心中を察した斎藤は、一歩前に出て男性職員の肩に手を乗せ人の良い笑みを浮かべた。
「僕が声をかけとくんで。あんたらは仕事があるんでしょ」
「……はい。よろしくお願いします」
「沖田ちゃんもありがとうね」
「いえいえ。それでは失礼しますね」
扉の向こうの会話なんて耳に入っていない千尋は、タブレットやらスクリーンを睨みつけ無心でキーボードを操作している。三人の背中を見送った斎藤が足音を立てて近付いても千尋は画面から目を離さない。いつかに見た光景と全く同じ景色に、斎藤は軽く溜息を吐いて千尋とスクリーンの間に手を挟めた。
「──ッ!」
「千尋、そんなに根詰めてどうしたのよ。少しは休憩したらどう?」
「──……今はそんな時間がなくて。ごめん、何か用だった? 出来れば後にして欲しいんだけど」
画面を遮る邪魔な手を乱雑に払った千尋は、隈をこさえたその双眸で画面を睨みつけてまたキーボードの上で指先を忙しなく躍らせる。さながらタップダンスでも踊っているのかと思うほどの忙しなさに斎藤は眉間に皺を寄せる。
人の話を聞かないことはあったが、此処まで露骨に他人の話を聞かないことはなかった。それだけ仕事に追われているのだろうか。と推論を立てるも、千尋が仕事に追われているのなんていつものことで当てにならない。
さて。どうしたものか。
マシュから聞いたのは藤丸が千尋を探しているという情報だけだ。その情報だけで何処までこの女が動いてくれるだろうか。もしかしたら藤丸を連れて来た方がよっぽど早いかもしれない。
そうした方がいいな。と結論付けた斎藤は千尋に向かって「マスターを呼んで来る」と声を掛けるも、やはりと言うべきなのか返事がない。いつも通り重症だ。
斎藤は部屋を出て藤丸を探しに出た。早く見つけないと何処かに移動してしまうかもしれない。足早に藤丸の自室に向かう途中でマシュを連れた藤丸の姿を見つけた。千尋ほどではないものの、藤丸も何処かしらに顔を出していることが多く、普段は何気なく会えるが本格的に探すとなると中々見つからない男だ。案外すんなり見つかったと内心息を付いた斎藤は、気持ち早めの足取りで藤丸に近付けば、その存在に藤丸が気が付き笑みを浮かべて右手を上げた。
「一ちゃーん!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるんだが……元気なこって。探し人の件だが見つかったが、ありゃぁ話を聞いてもらえそうな感じではないな」
「そっかぁ。この前の聖杯戦線での動き方について聞きたいことがあったんだけど、また今度にしておいた方が良いかな」
「あー、そうかもな。急ぎってわけじゃないんだろ?」
「そう、ですね……ただ、第七特異点が見つかったので、その前に、と思ったのですが。仕方がありませんね」
第七特異点。つまり最後の特異点が見つかったことを知らなかった斎藤は、瞬きを繰り返し、人差し指で作った山に顎を乗せた。その所為で忙しかったのだろうか。と、鬼気迫る勢いで仕事に忙殺されている千尋を思い返してみても、何だかしっくりこない斎藤はすぐに表情を変えて藤丸に提案した。
「あまり勧めないが一応千尋の様子を見てくか? 話は聞いてもらえないと思うけど」
「んん、仕事の邪魔したくないし、今回は遠慮しておくよ。ダ・ヴィンチちゃんに千尋さん陣営の映像がないか確認してみる」
「それが懸命だと思うぜ。ま、マスターちゃんに真似出来るかはわかんねぇけどな。アイツの動かしてたシャドウサーヴァントはルーン魔術ってので動かしてたみたいだから」
「そう言えばキャスターのクー・フーリンにルーン魔術を教えてもらっていたんだっけ」
「へー。それでか」
あの聖杯戦争の時よりも格段に魔術の腕が上がった理由はそこにあったのか。カルデアで培ってきた技術と経験があの戦い方を生み出したのだろう。ま、多勢に無勢はあの聖杯戦争で経験しているし、何かとそっちの方が指揮し易かったのだろう。意志を持った駒を思い通りに動かすのは簡単なことではない。だったら自前のサーヴァント一騎と意思のないシャドウサーヴァントを駒に使った方が、統率が取れるというものだ。
「マスターちゃんはもっと状況を的確に捉えられるようになんなきゃな」
「そうなんだよ。もっと皆を活かせる戦いが出来たらいいのに」
「先輩……」
「まだまだ課題が山積みだ」
科白とは裏腹に眉尻を下げて笑みを浮かべる藤丸の頭を乱雑に撫でた斎藤は「あんまり無理はすんなよ。しんどくなったらすぐに言ってくれ」と言うと、二人に背中を見せて来た道を引き返した。足早に去って行く男の背中を見つめる二人に背後から声を掛けたロマニによって、第七特異点へのレイシフトの日程が聞かされた二人は、力強く頷いて見せた。
翌日、バビロニアへのレイシフト前のブリーフィングを行い時間通りにレイシフトを実行した。ウルクに座標を合わせたにも関わらず結界に弾かれたり、着いて早々に殺されそうになったりと不幸続きではあったものの、何とか藤丸たちがウルクに到着したところで千尋は管制室を後にして工学室に向かった。
二日は寝ていない頭を無理矢理叩き起こして作業に没頭している千尋の背中を見守る影が二つ。村正と斎藤だ。普段でも忙しい仕事内容をこなしているというのに、今はレイシフトというこのカルデアにおいて一番重たい事案が動いている。ロマニはレイシフトが始まれば管制室の中から出て来れない。そのしわ寄せは千尋に回ってくるのだ。いつもよりも忙しい上に、どうも何か違うことまでやっているらしいと気が付いたのは昨晩の話し。
千尋をこのまま仕事させて良いものなのか。まだ幻覚やら霞を食したりしていないから大丈夫そうではあるが、休める時に休んで欲しいというのがお爺ちゃん二人の心境だ。
──「あの王様相手に空気を呼んではいけない。なにしろあっちも空気を読まないからね。言いたいことを言った方がいい」
──「そういうのには慣れています。カルデアのスタッフの中にも話を聞いてくれない……というか、集中しすぎで話が聞こえていない人がいるので」
──「ハハッ! それなら話が早い。ギルガメッシュ王──」
同時刻、ウルク市で話題に上がっていた話を聞いてくれないと藤丸に言われたカルデアスタッフの首元に強烈な一撃が入ったのを、藤丸とマシュは知らない。
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BAMBI