藤丸立香の部屋 1



 ――何処かの国がお昼にやっている番組を模したこの部屋の名前は、藤丸 立香の部屋。
 今日もこの部屋に誰かが遊びに来ています。

「牡丹、待ってたよ」
「こんにちは。マスター。女の私で、という指定があったので、今日はこっちの姿で失礼しますね」
「うん」

 彩り豊かな花が差してある花瓶と、明るい室内。L字型に設置された二つのソファに腰を掛けた二人の前には、誰かが作ったのであろうお菓子と、湯気の立つ紅茶が二つ。

「それで、こんなところで改まって話とはなんでしょう?」
「始まりました。藤丸 立香の部屋。第一回のゲストは牡丹さんです」
「はい? え、っと……こんにちは。牡丹です」
「この部屋では、ゲストに来ていただいた方に、あんなことや、こんなことを聞いていきたいと思っています」
「あんなことや、こんなこととは……」

 首を傾げる牡丹を他所に、藤丸ははがきをおもむろに取り出して読み上げた。

「こういったお便りが来ています。えぇー“生前から燕青への気持ちを余すことなく教えてください”――だって!」
「生前からですか……。そうですねぇ――」

 これは長い話になってしまいますが……。え? そんなのはわかりきっている? まぁ、そうでしょうね。生前からっておっしゃっていますから。ですが、話の導入とはとても大事なものなのですよ。
 彼との出会いは道端でした。私は戦の帰りで、彼は……何をしていたのでしょうね。あの時世柄、あまりよろしくないこともしていそうですが、これは私の憶測ですから何も言いません。

 話は戻りますが、そうですね。第一印象はガラの悪い男。ですかね。
 フフッ、刺青をする前だったのですが、あの通り体格がいいでしょう? それで目つきも悪いですし、ガラの悪い人だなぁって思ったのです。だから拾ったのですけどね。

「ガラが悪いから拾ったのはなんで?」
「父を説得する為です。女である身で店を継がせるわけにはいかない。と頑固者でしたので、燕青を拾ってボディーガードの役目をしてもらえれば、それでいいかなと。……説得には失敗したのですけどね」
「燕青を家に置き続けたのはなんで?」
「どんな形であれ、アレは私との勝負に負けたので私のものです。世話をするのは当然ですよ」

 当初の予定とは違いましたが、燕青を側に置いて友人のような、兄弟のような、そして相棒のような関係を築いていきました。
 そんな関係が変わったのは、父が床に伏し、私が店の一部を預かるようになった時です。

 燕青は私に跪いて従者になりたいと懇願しました。
 その時です。私は自分の気持ちに気が付いたのは。フフ、本当はずっと前から、友人でも、兄弟でもなく、好きな人だったのに。私は自分の気持ちに疎く、燕青が私との新しい関係性を示した時に初めて自覚したのです。

 私はこの人が好きなのだと。

 ですが、彼は私に主であることを望みました。
 私は泣きました。関係性を定めてしまっては変化が訪れないから。それが嫌で、私は燕青の前で泣いたのです。
 そんな私に彼はこう言いました。「側にいることにかわりはない」と。これほど残酷な言葉もあったものでしょうか。正直その端正な顔を歪めてやりたいとも思いましたよ。
 終着点を設けたい彼の願いを蹴るほど私は強くはです。
 彼がもう私の名前をその声で呼んでくれないとしても、彼が私の側を離れていく可能性が少しでもあるのなら私は、自分の感情を押し殺してでも、彼の側にいることを選んだのです。
 この先、必要としているのは“理想の主”であり、“牡丹”ではないと知っていても。

 その日から私は、燕青の理想の主でいることを決意しました。
 彼が求める理想の主でいれば、彼は私の側を離れていかない。そんな子供のような考え、今となっては笑いモノですが、当時の私はそれが最適解だったのです。

 それからは恋心に蓋をして西へ東へ、国中の至るところを駆け回り、地盤を固めて行きました。私の目標は大金を手に入れる為ではなく、国を変えることだったので、忙しい生活でしたよ。
 今思い返しても楽しい日々でしたけどね。

「牡丹は、燕青の勧めで男の姿をしていたんだよね?」
「はい。確かあれは……輩に絡まれないようにって言われましたけど、何の為の従者なんだって話ですね」
「多分だけど、理由、輩云々が本命じゃないよね。えっと、続けて? 男装して旅に出ている最中も、燕青への気持ちは変わらなかったの?」
「変わりません。きっと男だろうが女だろうが、燕青が燕青のままでいるなら、私は好きになりましたから」

 柔らかく笑う牡丹に藤丸も目を細めて笑った。

「燕青の何処が好き?」
「フフッ、沢山あって返答に困ってしまいますね」

 ああ見えて燕青は一途な性格をしているのです。相手を慮った行動が出来る人なのです。その所為で自分の気持ちを押し殺してしまうこともあるのがたまに傷ですがね。
 それに、私を見る時の優しい目が好きです。知っていますか? 彼、笑った顔が少し子供っぽいのです。可愛いでしょう?
 それからとても強いのです! 今は幻霊交じりとして現界していますので、並みのサーヴァントと比べると少しばかり劣ってしまうかもしれませんが、生前は本当に強くて、頼りになる存在でした。私が攫われた時なんかも、絶対に燕青が助けてくれると思えば、恐怖何て何処かに吹っ飛んでしまうくらいです!
 彼が飛び回れば大きく揺れる長い髪に、陶器のような肌。薄い唇と鍛え上げられた肉体。強くあろうと、私の意志に忠実であろうとする精神。ころころと変わる表情、時折触れる彼の心。やっぱり、挙げたらキリがないですね。

「好きだから……手放したの?」
「いいえ。愛しているから手放したのです」

 愛してしまったのです。大切だと、守りたいと思ってしまったのです。
 蓋をしたあの感情は、ゆっくりと沢山の歳月をかけて育ち、しっかりと私の心に根を張っていたのです。
 生きていて欲しい。幸せになって欲しい。たとえ側に私がいなくとも。いいえ。私のことなど忘れてしまって構わないから。馬鹿な主がいたと嘲ってもらって構わないから、だから、どうか、私の分も生きていて欲しかった。

 生きていれば、絶対に幸せが訪れるから。

「燕青にどうして気持ちを伝えなかったの?」
「アレは私に“主”であることを求めたのに、私はそれを裏切ってしまったから」

 最期まで理想の主でいられなかったのは、私の落ち度です。
 最後の最後私は、自分の欲を、気持ちを優先してしまったのです。私たちの関係は主従であり、友人でも、まして恋人でもありません。私利私欲を働いては理想の主とは言えないでしょう? だから手放したのです。牡丹として、彼を解放したのです。

「カルデアで再会してどう思った? 燕青は変わっていた?」
「思ったよりも憎まれていて驚きはしましたが、当然だな。と」

 仕方がないのです。燕青に憎まれても仕方がないことをしたのだから。
 私は残される側の気持ちを考えていなかったのです。燕青がどれだけ傷ついたのか、私には想像することしか出来ません。主を失った悲しみは、いかほどのものなのか……。

 きっと今でも正確には理解出来ていないのだと思いますよ。マスターのように他人を慮れるような人になりたいものです。
 え? タラシの能力は抜きんでている……? そうでしょうか? 意識したことは……えぇ。そんなにないですよ。ただ、他人から自分がどう映っているのかは日々意識していますがね。指先にまで気を抜くことなく、意識して過ごしています。
 
 私は自分のことばかりで、燕青の気持ちなんて考えたことがなかったのです。
 まぁ、わかっていたとしても、結果は変わりませんがね。
 最愛の人には生きていて欲しいですから。

「主を亡くしたから……では、ないと思うけどねぇ」
「違うのですか? 私はまだ、彼の気持ち一つ理解出来ていないのでしょうか?」
「うーん。私から言うことではないからなぁ」

 藤丸が何処か遠いところに視線を向け、頬を人差し指で軽く掻いた。なんのことだ。と牡丹は首を傾げるも、藤丸がこれ以上何も言う気がないのは、手に取るようにわかった為、追求することはしなかった。

 ――私はいつも間違えてばかりだ。
 他人よりも、友人よりもずっと近くにいて、共に過ごした時間は私の生涯で一番記憶に残っているのに。なのに、共に過ごした燕青の気持ち一つ理解することが出来ないなんて、私は、なんて愚かなのだろうね。

「燕青に素っ気なくされて悲しかった?」
「いいえ……と言いたいところですが、本心から言えば、悲しかったですよ」

 いえ、悲しいという単語では語弊がありますね。
 痛かったのです。私はカルデアに召喚されたばかりで、どこも負傷していないのに、胸が痛かったのです。涙を流して、胸に手を当てても、痛みは和らかず、むしろ増していく一方だったのです。
 助けて欲しいと願っても、燕青は私の側にいなくて、これが彼を捨てた代償なのだと思いました。

 彼が私の歴史を否定する度に、息が詰まって、苦しくなって、胸が痛んで、強烈な虚無感に襲われ、そして私は私を嘲りました。
 仕方がないのだと。お前はそれだけのことをしたのだから受け止めろと、切り裂かれた心に鉄の蓋を施して涙を堪えたものです。
 あぁ、そんな時決まって助けてくれたのがエミヤなのですけどね。

 彼優しいですよね。あんなに他人を優先して何がしたいのでしょうか。壊れてしまわないのでしょうか? 心配になります……あ、エミヤの話は今しなくてもいい? 燕青が可哀想? はぁ……。

「エミヤにときめいたりしなかったの?」
「しませんよ。味気なく言えば、私たちサーヴァントは生前の記録や、記憶に引っ張られます。私は燕青への気持ちを抱えたまま死んだので、他の誰かを好きになったりはしませんよ」
「本当に味気なかった……!」
「フフ、では少しロマンティックな言い方をしましょう」

 魂に刻んだ愛なのですよ。

「魂?」
「そうです。魂。私たちの根本といっても過言ではないでしょう」

 私のこの気持ちは私を構成する核である魂に刻み込んだのです。例え生まれ変わっても、私は燕青に恋をすると思いますよ。燕青がどんな姿でも、彼が彼のままであるのなら、私は――。
 私の愛とはそういうものです。

「生まれ変わっても好きになるかぁ〜」
「マスターにはまだそういう相手がいないのですか?」
「そうかも。今は毎日が楽しくて、こんな時間が続けばいいのにって思っているよ!」
「私も、毎日が楽しいですよ」

 マスターのお陰で私は燕青と和解することが出来ました。
 心の底から、感謝を貴方に。
 お礼はもう大丈夫? いいえ、そう言わずに。私たちは今奇跡の中を過ごしているのです。

「奇跡の中?」
「知っての通り、私たちサーヴァントは座に登録されていて、生前の記憶は不変に存在するものの、サーヴァントとなって得た記憶は記録として登録されます。記憶には残らないのです」

 だから、座に戻り、もし違うマスターのもとに召喚された時、私たちはまたいがみ合うことでしょう。
 ですが、貴方が私たちの関係を変えてくださったお陰で、今、私たちはこうして笑い合えます。生前のように。こんなの奇跡以外の言葉がありません。

 ありがとう。ありがとう。私たちの親愛なるマスター。主よ。

「照れちゃうな」
「頬を赤らめているマスターも可愛いですよ」
「そういうところだよ。玉麒麟……今は燕青とどんな関係を過ごしているの?」
「そうですねぇ――強いて言えば」

 あまり生前と変わらない生活をしています。
 燕青と仲違いをしていた時は、エミヤが作っていたお菓子を食べていたのですが、最近は燕青もお菓子作りに目覚めたのか、彼が作るお菓子を食べています。
 サーヴァントになっても変化はあるものなのですねぇ。

「多分それ、変化とかではないような……?」
「それから――」

 二人で過ごす時間を設けるようになりました。
 これをしなくてはならない。とか、そういう制限はなく、ただ、二人きりで過ごす時間です。誰にも邪魔をされないように、密かに。同じ時間を過ごしているのだと自覚出来るように、穏やかな。
 私にとって大切で、私の人生で一番幸せな時間です。

「どんな風に過ごしているのかは、聞かないでおくよ」
「――はい」

 何かを思い出したのか、はたまた、燕青と過ごす二人きりだけの時間を愛しんだのか、牡丹は春の花が咲いたように笑った。
 嗚呼、きっと、燕青はこの笑みを独り占めしたかったのだろうな。と生前とは違う関係を築きつつある二人を思い、藤丸が笑い返したところで時間が来てしまった。

「と、言うわけで、今日は牡丹さんに来ていただきました。貴重なお話をありがとうございます」
「フフッ、こんなに長時間話したのは初めてです」
「お疲れ様! 今日はゆっくり休んでね」
「ところでこれ、カメラが沢山ありますが、一体なんの目的が――」

 突如、二人がいる部屋の扉が大きな音を立てた。
 敵襲かと、牡丹が咄嗟に腰を上げ、藤丸を守るように前に立ち戦闘態勢を取ると、部屋の扉が音を立てて倒れた。
 何者だと牡丹の弓を握る手に力が入る。が、瞬間――。

「聞いてない!!!」

 扉を破壊してまでやって来た燕青の叫び声が、藤丸 立香の部屋に響き渡った。
 
 





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