藤丸立香の部屋 2
――何処かの国がお昼にやっている番組を模したこの部屋の名前は、藤丸 立香の部屋。
今日もこの部屋に誰かが遊びに来ています。
「待ってたよー、燕青!」
「ようマスター! 元気かい?」
「元気、元気!」
彩り豊かな花が差してある花瓶と、明るい室内。L字型に設置された二つのソファに腰を掛けた二人の前には、エミヤが作ったのであろうお菓子と、湯気の立つ紅茶が二つ。
……あれ? また同じセットが設置されている? 少し違うところが一点。今回はセイロンティ。因みに前回はアッサムティでした。
「さて、今回も洗いざらい吐いてもらうよ!」
「なんか主の時と違くないかい? そんな雑だったかねぇ」
「そんなことはないよ! 因みに喋らなかったり、話を逸らそうとしたら、遠慮なく令呪切っていくから安心してね!」
「安心って単語を辞書で引いてもらってもいいかい? 主」
「というわけで、第二回のゲストは、新宿のアサシンこと、燕青さんです!」
「どぉもー……って、これ観客とかいないから、なんか虚しくなんねぇのかねぇ」
「野暮なことは言わない!」
第一回と同じように藤丸は、おもむろにはがきを取り出して読み上げた。
「えーっと、“牡丹のことについてどう思っているのか、洗いざらい……尻の穴まで包み隠さず教えて”――だそうで」
「尻の穴まで……」
「では、始めていきましょう。本日の藤丸 立香の部屋、スタートです」
前回こんな前振りがあっただろうか。と、あの時のことを考えている燕青を置いていくように、藤丸は燕青に質問を投げかけた。
「先ずは生前の時からだよね。第一印象は?」
「金持ちのお嬢さんだったな」
あの時代、食うものすら満足に買えないような時代だった。なのに、主――紛らわしいから牡丹って呼ぶが――牡丹はきちんと身なりを整えていたんだ。戦の帰りだったから、そりゃ汚れもあったし、斬られていた部分もあったが、それでも、上等な衣服を着ていた。
だから、このお嬢さんに付いて行けば、良いことあるかもなぁ。なんて思ったさ。
“良いこと”って言葉だけでは片付けられないようなことが舞い込んできたんだけどな。
「えぇ〜。拾われる気満々だったの?」
「逆、逆! 牡丹が俺を拾う気満々だったんだって」
「怪しい〜」
なんでこのお嬢さんは、見ず知らずの男を拾ったのかは、すぐにわかった。
まぁ、食いっぱぐれなきゃなんでもいいか。と思ってな。
……仕方ねぇんだって。あの時代、まともな職に就けられる方が奇跡なんだからよ。
「そんなに……? 特異点で行った時はそんな風に見えなかったけど……」
「あれは特異点であって、俺たちが生きた時間じゃないからねぇ」
本当に酷いもんだった。犯罪なんて当たり前。他人の命よりも自分の命を優先しているから、盗みもするし、殺しもする。金持ちは中央と繋がりを持って私腹を肥やし、下民は石ころのように捨てられ死んでいく。
俺だって牡丹に拾われてなければ、野垂れ死んでいたかも知んねぇしな。……そういう時代だっただけだ。あんたが気にするようなことじゃないさ、マスター。
「拾われてからは牡丹とどんな関係になったの?」
「んー、そうさなぁ」
良き友人、良き兄弟ってところか? 多分主はそういう風に思ってたんだろうねぇ。
あの人は一度懐に入れると、全幅の信頼を寄せて来るから、最初は戸惑ったがねぇ。
「燕青はどう思っていたの? 友人や、兄弟のように思っていたの?」
「主がそう思っているなら、俺もそれでいいんだ」
「令呪を持って――」
「わかった!! わかったから右手をしまってくれ! 頼む、こんなくだらないことに使わないでくれよ。な?」
主は――牡丹は、出会った初日から自分の着替えを手伝わせるような人なんだけどねェ。
ん? 話を盛っているって? いやいや、本当。あの人ああ見えてそういう男女のあれやそれやが抜けてるから。
拾ってもらった手前、俺がしっかりしようって胸に誓ったくらいだ。
男の俺に襲われる心配してないのかって? あの人、なまじ強かったから、俺のことねじ伏せられると本気で思っているのさ。
な? 放っておけないだろう?
「男女の意識はしなかったの?」
「んー。しなかったわけではないが、触れられそうにもなかった。が正解だな」
「どういうこと?」
「あの人が遠くにいる人だったから、ねぇ」
そう。あの人は俺から最も遠い人だった。
初めて見惚れたのは、歩いている時の立ち姿だった。真っ直ぐに、頭上から糸で引っ張られてんのか? って言いたくなる程、凛として、かつしなやかなその後ろ姿に見惚れた。
次は所作だった。ものを持つにしても、歩く、走るにしても、何をしても牡丹の姿は絵に描いたように美しく、繊細だった。
かと思いきや、戦場に立ったあの人は、周りにいる男が霞んでしまうくらいに勇ましく、豪気で、強かった。
夢を語る姿は少女のように幼いのに、成し遂げるという自信に溢れていて――俺にとって牡丹とは遠い存在だった。
「どうして?」
「簡単な話さマスター。俺は俺に何の魅力を感じていない。あの人と接する度に自分が如何にがらんどうなのか見せつけられているような気がしていた」
それと同時に、がらんどうの器が満たされる心地すらあった。
なんでかって? 今日のマスターは知りたがりだねぇ。いんや。悪いことではないさ。
そうさなぁ。満たされるってことは、空だからその感覚があるわけだろー? だから俺は、あの人に満たされることで、初めて自分は空っぽだってことに気が付いた。
格好悪いだろう?
「そんなことはないよ――って言いたいけど、ごめん。格好悪いかはわからない。私はまだ経験したことがないから」
「いいってことよぉ!」
「理由はそれだけなの?」
「いやあ? まだあるよぉ」
何より、牡丹とは身分が違いすぎた。
この先、この人は大成をなすとわかっていた。その隣にいつまでも俺が立てないことも知った。しっかりと地盤を固めるには、良いところのお坊ちゃんを婿に迎え入れるのが一番良いからねぇ。
だから俺は、あの人の隣に立つことを諦めた。後ろに立って、支えることで牡丹の側にいることを願った。何もない俺じゃ、牡丹に力を貸すことが出来ない。
「男装させたのは?」
「マスターって案外野暮なのかい? そんなの――」
独占欲以外のなにものでもない。
出会った時はまだ、幼さを残していた。が、成長すれば誰よりも美しくなると思っていた。
隠しておきたい。誰にも見られないように。俺だけが知っていたかった。本当の牡丹の姿を。盧俊義なんて上っ面はくれてやる。だから、どうか、誰もこの下の素顔に気付いてくれるな。
――そんな独占欲だった。
「好き、だから?」
「この感情を好きって言葉で表していいもんかどうか……」
ドロッとした、まるで粘液のような粘り気を含んだこの気持ちを、恋、だとか、愛、だとかに当てはめていいもんなのか。俺にはさっぱりとわからんが、一つだけ言えるのは、牡丹以外にはもう何も要らなかったんだ。
何も求めてなんかいない。牡丹の側で生きて死ねればそれでいい。
「叶わなかったけどねぇ」
「牡丹は、生きていて欲しかったって言ってたね」
「ハッ! 笑わせる」
誰がなんと言おうと、あの行為は俺に対する裏切りだ。
俺は、俺は、あれだけの忠誠心をあの人に捧げた。全てをあの人の為に――。
狂っている。と言われても、俺にとってあの人が全てで、世界だった。
あの人は優しいから。だから、あのガキも逃がしたんだろうな。わかってるさ。わかっているんだ。そんなことは。あの人は、自分を犠牲にしてでも他人を助けるような方だ。だからいつもあの人が傷ついている。
あの人にとって俺は、“他人”だっただけだ。
「他人? 相棒じゃなくて?」
「“他人”だ。俺は、あの人と一つになりたかったのかもなぁ」
「牡丹と一つ?」
そう。あの人と一つになれれば、一緒に死ねたのにな。
所詮俺は、あの人の中で、守る対象だったって話だ。忘れてくれ。
「許せなかった?」
「いんや。殺したかった」
出来ることなら、この手で牡丹を殺してやりたかった。
あんたがいない世界に一人残された俺の気持ちを少しでも味あわせてやりたかった。
「でも、牡丹に暴力を振るっているところ見たことがないよ」
「……はは!」
そりゃそうだ。どんな裏切りを受けようが、どんな辱めを俺に与えようが、あの人が俺の一番であることに変わりはないから。
殴ってやりたかったさ。出来るもんならねぇ。でもそれをしなかったのは、あの人が傷つくところは見たくないからな。
「牡丹と一緒だ」
「あの人の考えだってわかる。俺を思って手放したのもわかる」
「手放されたのが嫌だったの?」
「違うな」
あの人が死んだこと。これが、俺に対する裏切りだ。
あの人が死んで正されるような世界なら、腐っていけばいい。あの人は野垂れ死ぬような玉ではないからねぇ。実際、そこら辺の貴族よりもずっと稼いでいたしな。
生きて欲しかった。あんな日記を一つ残して死ぬくらいだったら、俺も一緒に連れて行って欲しかった。
「牡丹が死んでから、どう過ごしたの?」
「悪いがマスター。それだけは答えられない。あんたの耳を腐らせるようなことは口にしたくない」
「――わかった。じゃぁ、質問を変えるね。カルデアで牡丹と再会した時、嬉しかった?」
「嬉しかった……うーん。難しい質問だねぇ」
殺してやると思ったのは間違いない。けど、あの人、人との距離の詰め方がおかしいというか、異様に近いだろう? だから、イライラもした。
「あー。エミヤね」
「マスターの目から見ても近くないかい?! どう?!」
「仲良きことは美しきかな」
「仲違いしろとは思ってないけどさぁ〜」
にしたってあの二人、距離が近いだろ。教育係かなんかは知らないが、そんなもんもういいだろう。カルデアのことを知りたいなら、俺に聞けばいいだろ?!
「牡丹と絶賛喧嘩してたじゃん。その頃」
「してたけどさ!!」
殺したくらい憎んでだけど! それとこれとでは話が別!
というか、今もあいつと仲がいいって何?! なんであいつが作った菓子を美味しそうに食べてるんだ?!
お陰でこっちは作ったこともない菓子を作る羽目に……!
「それはエミヤ関係なくない?」
「ある。絶対にある。赤い弓兵の旦那が主の胃袋を掴むから、こっちは――!」
「燕青って、案外乙女みたいな思考してるよね」
「そうかぁ? 良いことを一つ教えよう。男には“男らしい”って褒めるのが一番だぜ、マスター」
「はいはい」
「なんだよ、その適当な返事はー」
「好きなら好きって言っちゃえばいいのに」
「ま、いつかな!」
このカルデアで過ごす時間があとどのくらい残されているか知らないけど、いつか、ちゃんと言葉で伝えたいとは思っている。
あの人は“こうしてまた、二人、手を取り合うことが出来たって記憶には残らなくても、記録には残る”って言った。だから、俺も、記憶に残らなくてもいい。泡沫のような夢であっても構わないから。
捧げきれなかった気持ちと共に、俺の一番に伝えたい。
俺の全てがあんたのものだって。
「幸せそうに笑うんだから。二人とも」
いつか、カルデアの中で二人の思いが結ばれる時が来たらいい。
「というか、燕青めちゃくちゃ愛重たいよね。その刺青だって牡丹の花咲いているし」
「これは誓い、みたいなもんだからな」
「誓い?」
胸の上に牡丹を咲かせたのは、まぁ、あの人が牡丹の花が好きだって言ってたっていうのもあるが、胸、つまり感情を司る心の上に咲かせたのは、心を牡丹に捧げますって意味と――。
「まだあるの?!」
「あるよぉ」
俺の心臓の上に咲く牡丹。マスターこの意味わかるかい?
「え、なに? 怖い」
「怖くない、怖くない」
俺の全てであんたは大輪の花を咲かせているんだぞってな!
「くそ重感情じゃん。牡丹って何? 人を狂わせる天才なの?」
「間違っちゃいねぇな!」
あの人は、あの時代に生きた善だったからな。
あの人がいなければ、あの国は腐敗したまんま滅んで、そして歴史から名を失くしていた。それをあの方が救ったんだ。
英雄であり、偉人であり、善そのものだ。
「確かに、そう考えたら牡丹ってすごいよね。自分の価値観を失わないのって」
「そうだろう! そうだろう! もっと言ってくれていいんだぜ!」
「ははっ! なんで燕青が嬉しそうなの」
「そりゃ、自分の主が褒められて嬉しくない従者はいないからだ!」
そんなものなのか。と藤丸が納得ししたところで終わりの時間が来た。
「時間が来てしまったので、今回はここまでです! 燕青ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうな。マスター」
「前回は、燕青がこの部屋までやって来たけど、流石に牡丹は来なかったね」
「まぁ、そうだろうねぇ」
今頃、主はきっと――。
「それじゃお疲れ様でした!」
「おう!」
ソファから立ち上がった燕青は、ふらりと藤丸 立香の部屋から出て行った。
気分が良いのか、足取りは軽く鼻歌まで聞こえてきそうな程だ。
――嗚呼、牡丹に会いに行くんだな。
ちらりと見えた燕青の横顔は、あの日見た牡丹と同じ笑みをしていた。