幼女佐倉と轟くん

とある日、まだ俺達が寮の中に入る前の事。クソ親父も冬美姉さんも家にいない中。名前さんが俺の前で小さくなった。サイズ感も小さいが心なしか容姿も幼くなったように思える。俺の目の前で不安そうに震えている名前さんは大きな目に涙を一杯貯めて、俺を見上げている。大丈夫かと、声をかけるべきなのか、一旦名前さんかと声をかけるべきかと見つめながら迷っていると、名前さんが遂に涙を零し声を上げながら泣き出した。

「ゆっ、こざぁああん!!!ここどこぉー!!」
「泣くな。泣きやめ」
「こわいよ!こわいぃ!!」

小さな名前さんの紅葉のような小さな手で、大きな目を擦り、目が傷つくんじゃないかと心配になりしゃがんで小さい名前さんの手を掴んで目から離すと、名前は大きな目を更に大きくさせて俺を見る。

「擦るな、傷がつく」
「きず…いたい?」
「…あぁ。痛い。だからやめろ」

泣くなと小せえ名前さんの頬を包むと名前さんは、必死に全身を恐怖で震わせながら自分の身を守るかのように固く目を瞑る。眉間に深いしわが出来、それを何とかしよう俺の手ですっぽりの包めていた小さな手を離して眉間を指で擦るが余計にしわが深くなってしまった。どうしたものかと頭を悩ませていると、涙を零しながら名前さんが俺を見上げる。

「お、おにいちゃんは…なぁに?」
「……人間だ」
「だぁれ?」

そう言う意味か。

「轟焦凍だ」
「とろろき、しょーと?」

小せえ名前さんは舌足らずの発音で俺の名前を呟いた。涙はまだ大きな目に溜まっているが、泣くわけでもなく心なしか安堵する。しゃがんだ俺と同じくらいの名前さん。推定年齢5歳。
一応念のため名前を含め色々確認しようと名前さんの顔を覗き込むが、俺と目が合う度に肩を震わせる。そんなに俺の事が怖いのだろうか。

「悪い。俺の事怖いと思うが聞きたい事が幾つかある」
「…こわくないもん」
「そうか。まずは名前の確認だが、佐倉名前か?」

小さな名前さんは驚いたような顔で俺の事を見る。どうやら本当に名前さんのようで何が起こったのだと頭を抱えたくなるが、起こったものは仕方ないこの状況を何とかしよう。

「今は何歳だ?」
「5さい!」
「侑子さんと暮らしてんのか?」
「ゆーこしゃんしってるの?!どーちて?」

名前さんはさっきまでとは打って変わり輝かしい顔つきで俺の手を握る。いや、正確に言うと俺の指を小さい手で握りしめる。

「おにいさん、ゆーこさんのおともだち?」
「友達ではねぇが知り合い…だ」

知り合いとも呼べる関係ではねぇが、そんな事を言っても混乱させるだけだ。無駄なことは言わなくていいだろう。

「おにいさんはなにをしてるひと?」
「学生だ。ヒーローを目指して勉強している」
「ひーろー?」
「困っている人を助ける人の事だ」

小首を傾げる名前さんに成る可くわかり易い単語を選んで説明すると、名前さんはそれを理解したようで、満開の笑顔で俺に笑う。

「そしたらわたしもひーろーになる!ひーろになっておにいさんを助けるよ!」
「俺を…か?」

どうしてと聞く前に、名前さんは俺の頬に小せぇ手を当てて目を細めて笑った。

「おにいさんずっとこまったお顔してるの」
「…悪い」
「わたしがひーろーになればこまらない?」

俺がまだ突然小さくなった名前さんにどう対応していいかわかんなくて、途方に暮れていたのを感じ取ったんだろう。いや、俺が表情を隠せなかったのが悪いのか。
どちらにしろ見当違いな名前さんの優しさに、自然と口角が上がるのがわかった。

この人はどんな時も俺を満たしてくれる。
こんなに幼くても俺を、引いては他人を助けようとする。そんな真心を幼い時から持っていたのかと、感心せざるを得ない。

自分の方が今困ってる癖に。

「ありがとうな」
「ううん!」

名前さんは花が咲いたように笑い、緩く首を横に振る。この頃の名前さんは喜怒哀楽が豊かでコロコロと表情が変わる。それは俺の知ってる名前さんとは重ならねぇ。あの人はよく笑いはするものの、泣いたりする顔はあまり見せねえ。進んで見てぇとは思わねぇが見せてくれるならそれはあの人が、名前さんが俺に情けない姿を見せれる程に受け入れてくれているのかもと思っちまう。

だからってその顔が好きかと聞かれれば、あんま見たくはねぇ。と答える。

「もう、俺の事怖くねぇか?」
「こわくないもん!あのね、しょーとおにいさんのことすきだよ!」
「そうか」

小さい名前さんの愛の告白はまるで挨拶のように軽く、可愛らしいもので口の端があがる。それが気に入らなかったらしい名前さんはその短ぇ両手を伸ばして俺の服を掴み引き寄せる。

「わらわないで!」
「悪い。可愛くてな」
「うぅ…、だっこ。だっこしてくれたらゆるす!」

だっこ、抱っこ。抱っこか…。
気安くそんなことを言うが、抱き上げたところで名前さんは泣かないだろうか。俺は子供のあやし方を知らねぇから泣かれたらどうする事も出来ない。
そんな俺の心情なんかつゆ知らず早くしろと言わんばかりに握っている手を動かす。

「泣くなよ」
「なかないってば!」

頬を膨らませる名前さんの体に腕を回して持ち上げると、途端に不安げな顔をする。やっぱ怖いんじゃねぇかと降ろそうとすると名前さんは首を横に何度も振る。

「怖いんだろ?」
「こわいけど、しょーとおにいさんがいるから大丈夫だもん!だっておにいさんひーろーなんでしょ?まもってくれるんでしょ?」

疑うことのない眼で俺の目を見つめる名前さんは今は知らない。この先、その背中に大きな翼を広げて大空を翔けることになるなんて。名前の方がずっと俺を守るようになるなんて。憎しみの中にいた俺を救い上げるなんて。

けど、今は俺が名前さんを守る。この先も俺がこの人を守る。

「そうだな。俺が守るよ。絶対に今度こそ守る」
「あのね、その…ほんとにだいすきだよ。だからおっきくなったら私とけっこんしてくれる?」

は?と言葉を発すると同時に、腕の中の名前さんが軽い音と煙を纏い腕にかかっていた重量が消え、代わりに最近慣れてきた温もりや形がすっぽりと腕の中に収まる。

「え?あ、あの、へ?」
「…帰ってきたのか」
「う、ん?」
「おかえりなさい」
「えっと、ただいま」

ぎこちなく笑う名前さんはどうしてこうなっているのかが分からないようで、辺りを見渡しては首を傾げている。そして、一瞬目を大きくさせて顔を伏せた。

「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ…」

それよりも離してください。とお願いされ大人しく腕の拘束を解くと、名前さんは何歩か後に下がりそのまましゃがみ込んだ。

具合が悪いのかと近寄ろうとするも、片手を伸ばして掌をこちらに見せて来るなという意思表示をされ近寄ることも出来ねぇ。

が、髪の隙間から除く耳が真っ赤になっていることに気が付き、名前さんが落ち着くのを待とうとその場で足を踏みとどめた俺は知らない。

「あの時のお兄さん、焦凍くんだったなんて…恥ずかしすぎて死にそう」

名前さんが今日のことを覚えていたなんて俺は知らない。