すれ違う佐倉と轟くん

※ドラマCDネタがあります。

ある夏の日の事。まだハイツアライアンスで共同生活をする前の事。夏休み前に縁日に誘われお茶子ちゃん達と共にとある神社に来た。周りの人たちは家族や恋人同士や友達と一緒に来ていてとても楽しそうに見える。

私も…。

「私も焦凍くんと来れたらよかったな」
「えっ?!」
「とかって思ってるでしょ?」

急に心の中の声が漏れたのかと思い、驚いて声を上げるとにやにやと笑う三奈ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。

「当たったでしょ?」
「う、ん。でも皆と来れて嬉しいよ」
「轟くんは用事があるんだっけ?」
「そうみたい」

今日は帰りが遅くなると冬美さんに電話をすると、焦凍くんも今日は遅れると言っていたと聞き焦凍くんを誘う事を断念したのだ。でも彼はどこかに行く時は私に声をかけたり誘ったりしてくれるのだが今回はそれが全くなく、彼が1人でどこかに行きたいのだろうと思っていたのだが、皆と屋台を巡っている時にちらりと紅白に分かれた独特の髪をした男の子と割と背の高めなポニーテールの女の子の後姿を見つけてしまい、一瞬時間が止まってしまった。

「名前ちゃんどうしたん?」
「……なんでもないよ」

あの2人は間違いなく焦凍くんと百ちゃんだ。
でもなんであの2人がここにいるんだろう。お茶子ちゃんは百ちゃんを誘ったけど断られたと言っていたし。
…もしかして2人で回るから断ったのかな?百ちゃん綺麗な浴衣を着ていたし。
浮気…?いやいや、もしかして私達付き合ってないだけ?付き合ってると私が勘違いしているだけなのだろうか。いやいや、でも付き合っているよね?

そんな事を考えていたからその後のお祭りも楽しめるわけがなく、気持ちが重たいまま帰路に着いた。
本人に確認しようと思ったが、そんな勇気は私にはなくて、結局何も言えないままいつも通りに過ごして朝を迎えた。

それからと言うのも2人が一緒にいる処が目に入るようになり、次第に私と焦凍くんが一緒にいる時間が減った。家にいる時も元々口数の多い人じゃなかったが更に減ったように思える。

「嫌だな…」

焦凍くんの隣に立つ百ちゃんを見たくない。時折百ちゃんに見せる微笑みも私だけに見せて欲しい。
私があの人の隣に立っていた時は、そんな事を思わなかったのに、あの縁日の日から色んな感情が渦を巻いて心にのしかかる。2人が笑いあったり信頼して背中を任せたりしている所を見ると辛い。胸が苦しくて痛い。

「もう、こんな感情嫌だ…」

放課後、誰もいない教室で溢れる感情そのままに泣いていると大きな扉が音を立てて開き、慌てて涙を拭って入口を見ると不機嫌そうに顔を顰めた爆豪くんが立っていて、私と目が合うと隠すことなく舌打ちをした。そこまでいくと普段の私なら逆に清々しく思えるのだが今の私にはまるで私の存在を否定されているように思えてならなかった。

「泣いてるんか?」
「え?」
「泣いてるんかって聞いてんだよ!1回で聞き取れや!!」
「ご、ごめん…?」

普段話すこともそんなにない彼から意外な言葉が出てくれば、聞き間違えじゃないかと聞き返してしまう。呆けた顔で爆豪くんを見ていると、彼は踵を踏みつぶした上靴で大きな音を立てながら私の前の席に座り、私の頭を上から掴んだ。

「泣いてんじゃねぇか」
「見ないで欲しいな」
「見ちまったもんはもう遅せぇわ」

そういう事ではないと思うんだけど。

私の頭を掴んでいた爆豪くんの手が離れて、目の前の彼は顔を逸らして窓の外を眺める。まるで自分は何も見てないし何も知らないとでも言っているようで、爆豪くんなりの優しさに心が温かくなり止まっていたはずの涙がまた溢れ出す。彼は私が泣いている間何も言わない。何があったのかも聞かない。それをいいことに私は思ったことを包み隠さずに言葉を重ねた。

「嫌なの…、大切な人が出来るってこんなに苦しい事なんだって知らなかったのッ、こんな気持ちになるなら知りたくなかった…!」

きっと爆豪くんには伝わらない。思ったままに言葉を重ねる文法なんてめちゃくちゃだ。それでも爆豪くんは最後まで私の話を聞いてくれた。それからというもの私が放課後に残って泣いている時に爆豪くんが一緒にいてくれるようになった。慰めてくれるわけでもないこの時間に救われていた。

でもそんなある日先生に呼び出され放課後、教室の中で私は2人の関係を裏付ける決定的な瞬間を見てしまった。教室の中で焦凍くんが百ちゃんの頬に手を当ててキスをしている。その衝撃的な瞬間に私はその場から逃げるように立ち去った。見たくなかった。でもあんな場面を見せられたら焦凍くんの気持ちなんてどう考えても1つ。百ちゃんが好きなんだ。
前から考えていたことがある。焦凍くんが私に抱いている気持ちは恋心ではなく、普段から近い距離にいる私に恋をしているのではないかと錯覚しているだけなんじゃないかと。

私は家に帰る気力もなく、いつかのように廊下を歩いていた爆豪くんに泣きついた。

「百ちゃんのこと、好きだし…大事な友達だから。だからこんな感情で百ちゃんを見たくない」
「本人に確認できない自分の勇気のなさに……辟易する」
「でも、言って欲しかった。…言ってくれたら私はっ!」

2人を見るのも嫌だが、焦凍くんに縋りついて動かない自分も嫌になる。離れたくないと泣いて縋りつくこともなければ2人を思って身を引く事も出来ない。私が焦凍くんを手放せないから。焦凍くんからどんなに思われていても彼から真実を言われない限り私から別れを切り出す事はない。私はなんて愚かで醜い女なんだろう。
これ以上爆豪くんに汚い姿を見せたくなくて私は鞄を持って爆豪くんに断りを入れて帰る事にした。

「ごめん。帰るね」

そう言って私は爆豪くんからも逃げるように学校を飛び出し、カードを使って家に帰りそしてふと冷静になった。

私爆豪くんにすごく失礼な態度を取ってしまった。

これは今すぐにでも誤った方が良いのではと思いつつも、冬美さんの作った夕食を頂いて訓練までの僅かな時間で爆豪くんに連絡しようと自室で端末を取り出すと焦凍くんが私の部屋にやって来た。拒むことは出来ないが気分的にも部屋の中には入れたくない。そう思って扉を開けて立ったまま話を聞くことにした。

遂に言われるのかと、百ちゃんとそういう関係だから諦めてくれと言われるのだと泣かないように瞼を固く瞑る。

「爆豪とどういう関係なんだ?」
「はい?」

言われた言葉は予想外なもので、私は目を白黒させた。なんで今更焦凍くんがそんな事を気にするのかと、それよりも私に言う事があるんじゃないかと言葉に出そうになる口を両手で塞ぐ。

「言いたくない関係なのか…言えない関係なのか?」
「なんで、そんな事を言われなきゃいけないの?」
「どういう意味だ」

私の言っている意味が分からないと焦凍くんは首を傾げる。なんでわからないんだ。そこまで焦凍くんは鈍感じゃないはずなのに。白を切るつもり…なのだろうか。それとも私の口から諦めると言わせたいのだろうか。

「焦凍くん聞いて、私貴方に伝えなきゃいけない事があるの」
「爆豪のことか?」
「…彼も関係はあるけどこれは私の気持ちの問題だから。私ね」
「聞きたくねえッ!!」

焦凍くんは私の部屋の中に足を踏み入れ、鍛え上げられたその腕を私の腰に巻きつけて引き寄せ噛みつくようなキスをした。唇が重なった瞬間身体の奥から罪悪感と痛烈な痛みが込みあがり、思いっきり焦凍くんの肩を押すと彼はすんなりと離れていった。
やめて欲しい。百ちゃんと重ねたその唇で私に触れないで欲しい。
涙が零れそうになるがそれを必死にこらえ焦凍くんを見るが、彼は顔を伏せて表情は前髪に隠れて見えない。

「俺じゃ嫌なのか…もう俺の事は好きじゃないのか…?」
「何を言って…っ」
「俺は名前さんが爆豪の事が好きだとしても、この手を離してやれねぇ。俺のものであって欲しいと思っちまう」

焦凍くんは私の手を取り、手の甲に軽くキスをする。そして酷く悲しそうな顔で、瞳で私を見つめる。
その目に囚われたら最後、視線が私に絡みついて逃げられない。そう錯覚してしまう程の情を瞳の奥に燻らせていた。

「私、爆豪くんのこと好きじゃないよ」
「でも、さっき伝えたい事があるって…」
「私ね焦凍くんが百ちゃんの事を好きになったんだと思っていたの」
「は?」
「今日ね焦凍くんと百ちゃんがキスをしている所を見ちゃって」
「は?」

放課後の教室でと説明を継ぎ足すと、彼は一瞬目を大きくさせた。心当たりがあるのかと胸がずきりと痛む。

「あれは八百万の睫毛が顔についていたから取っただけだ。それにクラスの奴らもいたぞ」
「え、嘘…」
「名前さんに嘘なんかつくわけねぇだろ」

真っ直ぐに見つめる焦凍くんの目に息が止まる。
あの場面は私の勘違いだったなんて。

「でも!縁日だって百ちゃんといたじゃない」
「あれは俺も名前さんを誘おうとしたが先に女子に誘われてたし、行った事がねぇから1度見ておこうと行ったら八百万もいてそれで一緒に回ってた」

そこも私の勘違いだった…!
恥ずかしすぎる!穴があったら入りたいとはまさにここ心境の時に言うのだろう!

焦凍くんが私の顔を不思議そうな表情で見てくるが、正直今は目を合わせ辛い。焦凍くんや百ちゃん、それに爆豪くんへの申し訳なさで一杯になっている。

「名前さんはなんで爆豪といたんだ?」
「私ねすごく嫌な女なの。勘違いだったとはいえ焦凍くんは百ちゃんの事が好きだと思い込んでいて、それでも焦凍くんを手放せなくて。でも手放せないから苦しくてそれを全部爆豪くんに吐露してたの」
「爆豪に相談してたのはムカつくが、でも名前さんもそう思ってくれていてよかった」
「重たくない?」
「名前さんだったら重たい位が良い」

そう言って彼は私の唇に自身のそれを重ねる。啄むように軽く何度も触れては角度を変えながら深いものになっていく。さっき感じた罪悪感も引き裂かれるような痛みもなくあるのは、焦凍くんへの好きという気持ちだけだ。

「ふ…、ン」
「…好きだ」

私もと言いたいのに口が塞がれて、漏れるのは鼻から抜ける甘い声だけ。
焦凍くんの舌が私の唇を舐め、私が薄く口を開くとぬるりと彼の舌が私の口内に入り、縮こまっている私の舌に絡んだり上顎をなぞったりする。

「しょっ…ぁ、ん」

息を吸う暇を与えないキスに、私の限界が近づき焦凍くんの肩を叩くと、彼は名残惜しそうに離れていった。

「しょう、とくん」
「俺が好きなのは名前さんだけだ」
「うん。疑ってごめんね」

こつんと額をくっつけて両手を絡めて握る。それだけで幸せな気持ちになれる。
焦凍くんと気持ちを通わせなければわからなかったこと。あの時爆豪くんにこんな気持ちを知りたくなかったと言ったが、その気持ちを含めての恋愛なのだとしたら私はそれを受け入れようと思う。

2人の間に出来る感情は全て焦凍くんに向かう感情なのだから。