華より可憐に剣より鋭く



初めて会った時はへらへら笑っていて人の良さそうな方だと思ったが、話してみると彼は、沖田さんは私の事を揶揄かってくる人だった。
医師である父ののもとに沖田さんが運ばれてきたのが出会った切っ掛けだ。日に日に弱って行く彼の世話をするのが私の仕事だった。病名はわかっている。労咳だ。不治の病と言われており完治する可能性はほぼない、と言われている。新選組隊士である彼には辛く重たい病なんだろう。沖田さんは夜中に咳をしながら何度も何度も同じ言葉を口にする。

「僕はまだ…戦える…!近藤さんの為に…僕はまだ戦えるんだっ」
「沖田さん!!」
「僕の邪魔をしないで…じゃないと斬るよ」

咳が納まった沖田さんは私を睨みつけながら布団の白い布をきつく握りしめる。
確かに刀を持つ体力はあるがそれを振るう体力があるのかと言われれば、精々二、三度が限界だろう。
新選組随一の剣士と名高い彼であるのならその数回で私を斬るのは簡単なのかもしれない。それでもそんな事よりも私は沖田さんに大事を取ってもらいたかった。

「構いません!私はそれでも構いません!だからどうか私の命に免じて今は安静にしてください!」
「どうして君はそんなに…」
「私は沖田さんに生きて欲しいんです」
「それは僕が、ここの患者だから?」

そうじゃない。そうじゃないんです。私はいつからか新選組局長の為に愚直なまでも生きようとする彼に心惹かれたのだ。最期まで剣士でありたいと願う沖田さんの力になりたいと思うようになった。
沖田さんと過ごすこの何か月でこの恋心はすんなりと私の中に落ちた。
きっとこの気持ちは沖田さんに伝わっている。だって彼は人の気持ちに敏感だもの。なのに彼は私を試すように言葉を重ねる。

「違います。でも今は治す事に専念してください」
「…言わないんだね。お膳立てしてあげているのに」

だって言ったら貴方は私の事を突き放すでしょう?だったらこの気持ちは言いたくない。
これは私の我儘だ。

横向きに寝そべった沖田さんの背中を擦ってよく眠れるように促す。こうすると沖田さんは、僕子供じゃないんだけど。と文句を言いながら寝てくれる。だけど今回はそうではないようで私の方に振り返り、驚いて背中から離した私の手を握った。握られた沖田さんの手はほんの少し私よりも温かい。

「君はいつまで僕の傍にいてくれるの?」
「沖田さんが私をいらないと言うまで傍にいたいです」
「…そう、それならもう僕の世話をしないで。二度と僕に顔を見せないで」
「……理由を聞いても答えてはくれないんですよね」
「ごめんね」

沖田さんは口で弧を描いて笑う。初めて会った時私に見せた人を突き放すような笑みだ。
目頭が熱くなって視界が水の膜に覆われて上手に沖田さんの顔が見れない。頬に涙が伝い着物に水滴が落ちる。
私は精一杯の声を振り絞り感謝の言葉を口にした。

「沖田さん私と出会ってくれてありがとうございました」

沖田さん何も言わないまま握っていた私の手を離した。温かい手が離れて沖田さんの手より冷たい空気が私の手に纏わりついて切なくなる。離して欲しくなかった。突き放されたくなかった。いつまでも沖田さんの傍にいたかった。
たったそれだけの願いも叶わない。
床に手を手をついて頭を下げて沖田さんの顔を上手に見れないまま沖田さんが寝泊まりしている部屋を出た。

「愛してたよ名前ちゃん」

後ろから聞こえた沖田さんの切ない言葉に胸が締め付けられて切なくなる。心臓の動きが不定期になって上手に息が出来ない。一刻も早く沖田さんがいる部屋から出たくて足早になる。

なんで今更そんな事を言うの?なんで、なんで…。

私は自室に籠って布団に顔を埋めて声を出して泣いた。泣いて泣いて泣きはらした次の日あの部屋から沖田さんのぞ存在が消えた。沖田さんが持って来ていた刀も消えてまるで最初からそんな人はいないかのように忽然と姿を消したのだ。それからと言うもの時代が激動を迎えて私達は身分を追われる身となった。何でも幕府派思考の父が新選組と繋がりがあるからと言う理由らしいがそれが私の胸には重たく落ちる。
沖田さんの事を忘れたいのに忘れさせてくれない。ふと沖田さんの事を思い出しては涙を流した。

私は医師と身分を称すようになって幾ばくもない頃歳を老いた父は還らぬ人となった。追われている身分では満足に葬式も開くことが出来なくて、私は山中で一人大きな穴を掘った。今の私には父しかいなくてそれ以外の頼る相手を知らない私には父の存在はとても大きくそれこそこのまま父の後を追って死んでしまおうかと考えてしまう。

たまたま落ちていた木の板で力なく地面に穴を空けているその時背後にある草薮が音を立てた。
誰かいる。もしかしたら新政府軍かもしれない。遂に私の命を狙おうとここまでやって来たのかもしれない。父の遺体をそのままに逃げようか、それともこの命諦めてしまおうか。答えは決まっていた。

父様、私ももうすぐそちらに逝きます。許してくださいね。

穴を空けていた木の板は握力のなくなった私の手から簡単に滑り落ちて、それと同時に私は膝から崩れ落ちた。
草薮の音は私の方に向かって大きく聞こえてくる。
最期にもう一度沖田さんに会いたかった。そんな願いが私に幻覚と幻聴を見せたのかもしれない。

「名前ちゃん…?!」

沖田さんが私の名前を呼んで驚いた顔をしている。これは夢だ。だって沖田さんは労咳に罹ってこんな元気そうに動けるわけがない。なのに私の見ている沖田さんは洋装に身を包み腰には大小刀を帯刀している。

「なんで君がここに」

沖田さんが私の肩を力強く掴んで悲痛な表情で私の顔を覗き込む。そうして私はその肩の痛みでこれは現実なのだと知った。私の肩を掴み顔を覗き込む沖田さんは確かに本物なのだと。

「っ!父が…新政府軍の人間に追われてっでも、道中父が…!!」
「わかった。辛かったね、苦しかったね」

沖田さんは私を引き寄せて抱き締めてた。全身に初めて感じる沖田さんの体温に今まで溜めていた何かが解れて行くようで私は大粒の涙を流しながら沖田さんの胸に顔を埋めた。

散々泣いた後沖田さんは父の遺体を穴の中に埋めてくれた。いつまでも遺体の傍にいるのは申し訳ない、という事で私達は人目のつかない道を選んで歩みを進めた。これから一人どうしようか。なんて考えながら木々の隙間から沈む夕日を見ていると沖田さんとのとある会話を思い出した。

「私沖田さんと顔を合わせてしまいました…」
「はははっ、やっぱり名前ちゃんはずれてるね」
「そうでしょうか…」
「ねぇ名前ちゃん。僕と一緒にいてくれないかな?きっと君は僕といる事で危ない目に何度も遭うと思うけど、でも僕が命を懸けて名前ちゃんを守る。もう二度と君をこの手から離したりはしない」

これはやっぱり夢なのかもしれない。
そう思ってしまう位に沖田さんの言葉が嬉しい。

「私は、沖田さんが私をいらないと言うその時まで傍にいたいって言いました。その気持ちは今でも変わりません」
「名前愛してる」

沖田さんは私の腕を掴んで引き寄せて口付けをした。初めてのそれに心臓が大きく跳ねた。
ほんの少し触れ合ったそれは離れてまた重なる。

沖田さんに聞きたい事は沢山ある。でも今は二人の愛をより深くしていきたい。

私は沖田さんの背中に手を回してぎゅっと握る。すると沖田さんは口の端をあげて笑った。
あ、これは突き放すような笑みじゃない。本当の沖田さんの笑顔だ。唇が離れて見えた沖田さんの笑みに胸が一回大きく跳ねた。

「名前」
「沖田さん」

沖田さんに名前を呼ばれると自分の名前なのに特別なものに感じる。
この幸せがいつまで続くかなんてわからない。もしかしたら終わりはすぐそこまで来ているのかもしれない。未来は不確かで酷く朧気だ。
それでもこの安らぎは確かなものだから。何があってもこの人となら大丈夫だと思えるからこの先もきっと大丈夫。



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