2人きりの教室にて



誰もいねェ教室。オレンジ色夕陽が差し込み教室全体をオレンジ色に染めている。机や椅子の影が黒くはっきりと浮かび、眩しいくれェの夕陽が差し込んでやがる。

「爆豪くん。黒板消しありがとう」
「さっさと日誌書けや」
「先に帰ってもいいのに」

そう言って苗字はシャーペンを片手に持って真っ白な日誌に何かを記入し始めた。白い肌に夕陽の色が映えて何かがザワつく。

まただ、んだよコレ。

「何やかんや残ってくれる爆豪くん優しいよね」
「無駄口叩くンじゃねェ」
「日誌に爆豪くんが優しかったですって書いてもいいかな?」
「はァ?ふざけんな!」

大体のそんなモン書く欄なんて日誌にねェだろうが。

俺が軽く怒鳴った所でこの女はビビりもしねェうえに、可笑しそうにケラケラと笑う。
俺はなんでこの女のことがこんなにも気になるんだ。調子が崩れて仕方ねェしそれでもいいんだと納得してるテメェも気持ち悪ィ。

苗字の机の前の席の奴の椅子に座り、じっと苗字の顔を見る。俺の視線に気が付いてる癖に、それをなんとも思ってないのか苗字は流れるように空白の日誌を埋めていく。
不意に苗字の艶のある黒い髪がだらりと頬に沿うように垂れた。それを苗字が掬い耳にかけたことによって小せェ耳が視界に入った。

耳、小せェ…。

「甘い」
「あぁ?」
「爆豪くん甘い匂いするね」

そう苗字に言われて嗅ぎなれた自分の匂いに気が付いた。当たり前のように嗅いでいる匂いは今の今まで違和感を感じなかったが、確かにこの状況でこの匂いは可笑しい。

俺は柄にもなく緊張してんのか…。

「私爆豪くんのその匂い好きなんだよね」
「うるせェ!!」

苗字の机に拳をぶつけて早く作業を進めろと怒鳴るが、やはり苗字はケラケラ笑うだけで顔を歪める事はなかった。

その後は無言のままの時間が過ぎていく。空白が埋められていく中苗字が、ふと、指の動きを止めた。日誌の今日の出来事という何とも大雑把な欄で詰まったらしい。

んなモン適当に書けばいいだろうが。

そう思うがこの女はそうは思わねェようで真剣な顔で悩んでいる。細い指がふっくらと赤い唇に軽く触れその唇は固く結ばれている。眉間に皺を寄せて長い睫毛が目に影を落としている。
俺の視線に苗字が気づき花が咲いたように笑った。

「どうしたの?」
「っ!…どうもしねぇわ!さっさと埋めろ!」
「埋めたいんだけど、今日の出来事って特に何も書く事なくて…」
「んなモン適当……なんかねェのかよ」

適当に書けや。と言いそうになったがそれを押し留めて違う言葉を口にした。
違う。俺はこの女に対して配慮したわけじゃねェ。暖簾に腕押しの状況になるのがダルかっただけだ。
そうだ。そうに決まっている。

そうじゃなきゃ説明つかねェだろ。

「んー、今日は爆豪くんが珍しく日直の仕事をしてくれましたってどうかな?」
「ふざけんなや」
「それ以外にないと思ったんだけどなぁ」

さっきまでの表情が一転して、ふふっと笑う苗字に全てが持って行かれそうになる。
やめろ。そんな表情で俺を見んな。

「でも、爆豪くんって何でも器用に出来るし、努力家だし一生懸命だし地味に優しいし」
「お前何が言いたいんだよ」
「爆豪くんの優しさに気付いちゃったらきっとモテモテだね。それはちょっと嫌だな…」

は?コイツ今なんつった?
俺がモテんのが嫌だって言ったんか?なんでコイツがそんな、切なそうな顔して言うんだ。
今の今までテメェそんな素振り見せなかったくせに急にそんな素振りすんじゃねェよ。なんなんだよテメェは俺をどうしたいんだよ。

「爆豪くんの優しさは私だけが知ってたいなって思うのは我儘だね」

変なこと言った、ごめん。と作り笑いする苗字に俺は潔く認める他なかった。
あぁ、そうだよ認めてやるよ。だからそんな顔して無理して笑てんじゃねェよ。

「爆豪くん?」
「…俺は誰ンでも優しくするわけじゃねェ。普段だったら日直作業なんてやらねぇし、やったとしてもこんなちんたら日誌書く奴前にして爆破しねェわけがねェ」
「え、っと。それって…どういう…?」

期待混じりの目で俺に問いかけるその唇を塞ごうと、立ち上がり苗字の頭に手を回して軽く引き寄せ唇に噛みついた。うっすら開けている視界には苗字の驚いた顔があり、どこかに感じていた悔しさが和らいだ。
塞いでいた唇を離すと苗字は頬を赤らめながら幸せそうに笑う。

「何にやけてんだよ」
「だって嬉しんだもん。私の事好きなの?」
「今のでわかんねェならただのバカだな」
「私バカだから言葉にして教えてよ」

わかりかった答えを求めるこの女は決してバカと呼ばれる部類の女じゃねェ。
んなもんはどうでもいい。俺だけが言って向こうは言わねェのは釈然としない。この表情を見れば苗字が俺に好意を持っているのは一目瞭然だが、俺だって言葉にして聞いてねェ。

「テメェだって言ってねェじゃねぇか」
「好きだよ。爆豪くんの事が好きだよ」

即答かよ。

「爆豪くんは?私の事好き?」
「…耳貸せや」

俺は白い小せェ耳に唇を寄せた。
ボソッと素っ気ない言葉でも苗字には堪らなく嬉しかったのか機嫌よく控えめに声を出しながら笑っている。

「今日の日誌に彼氏が出来ましたって書いていいかな?」
「ふざけんな。真面目に書けや」
「ふふ、でも書きたいくらいに嬉しいよ。だって爆豪くんやっと言ってくれたんだもん」
「あ?」

苗字の唇は弧を描き赤い舌をちらりと出した。
どういう事だ…。

「爆豪くん私に気があるのに何も言ってきてくれないから、つい…ね?」

つまり俺は、この一連の流れは目の前で笑っている女による誘導だったのか。
この女この俺をハメやがったな…!!

「全部本心だけどね。爆豪くんの優しさを知っているのは私だけであって欲しいし、手に入れたからには手放したくないし…こんな私は嫌?」
「は?俄然燃えてきたわ」
「そう言ってくれると思った!」

俺がそう言うのも苗字の想定の範囲内だったのか、目の前の女は安心、と言うよりはやっぱり。といった感情に近い笑い方をした。

いつまでもイイ気でいれると思うなよ。俺は転がされんのは反吐が出るほど嫌いだ。今すぐその鼻っ面をへし折って俺に屈服させてやる。

教室に甘い香りが広がる。俺はこんなにも憤っていると言うのに掌から爆破する音は一切聞こえず、代わりに耳に入るのは苗字の鈴を転がしたような心地いい笑い声だけだった。



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