ほら、もう好きになる



 ぽっかりと胸に穴が空いているような気がする……。勿論、物理的にではなく、感覚としての話だ。
 こんな感覚になったのはいつからだろう?
 少なくとも小学生の時から、どうしようもない虚無観を意識するようになった。誰かに相談した事もない。親にも友人にも。高校にあがってからもずっと、ずっと、この虚しく、満たされない、何かを求めてる感覚は依然として私の中にある。

 人が恋しいのかと思って、恋人を作った事もあった。だけど、この感覚を埋めてくれる事はなく、それどころか、隣にいるのに虚しさが募るだけで、別れを切り出すのは早かった。それから、誰かと付き合うという行為はした事がないまま、気が付けば卒業手前。楽しい思い出は数あれど、どこか虚しい気持ちを抱えたまま今日に至る。

 珍しく遠回りをして帰ろうと、草臥れたローファーでアスファルトの上を歩く。最初は靴擦れが痛くて、苦労したけど、これぞ学生。と言わんばかりのローファーを履き続けたら、他の靴がしっくりしなくて、今となっては良き相棒である。
 気の赴くまま、適当に歩いていると、猫の鳴き声が聞こえた。あぁ、この辺に猫がいるんだなって、その位にしか考えなかったが、もう一度猫の鳴き声が聞こえた時に、違和感を感じた。

 上の方から聞こえて来ている……のかな?

 木の上にでもいるのだろうか? と上を見ると、本当に枝先に子猫がいて、私と目が合うと切なげな、か細い鳴き声をあげた。
 ずっとそうやって鳴いて誰かが気が付いてくれるのを待っていたのだろうか。そう思うと胸の奥が切なく締め付けられる。

 手を伸ばしても届きそうに無い高さにいる枝の上で震えている子猫を救出出来ないか、とスクールバッグを地面において、仔猫がいる木の幹に手をかけると、影の色が濃くなった。
 見上げると背の高い男性が子猫に向かって腕輪伸ばし、んー。と悩ましげな声を出していた。

「おいで」
「えっ?!」

 見知らぬ男にそんな事を言われると思ってもみなくて、驚き振り返ると、男は上げていた顔を下げて私を視界に入れた。

「君にじゃないよ」
「っ?! し、知ってます」
「別に君にでもいいけどね」
「はい?!」

 そう言った男子生徒は木の上で怯えている子猫を摘み、私に向かって差し出した。咄嗟に子猫を受け取ると、男子生徒は子猫を見てニヤリと笑う。
 茶色の髪に翡翠色の目をした男性は、子猫の下顎を撫でて大きな掌で子猫の頭を撫でた。ぼんやりとその光景を眺めていると、子猫は小さな声でニャーと鳴き私の腕の中から飛び出した。

「あっ」
「君嫌われてるの?」
「……昔から、動物に好かれた試しがなくて」
「ふーん」

 指を顎に当てにやにやと笑う。それがあまりにも不快で、それと同時に感じる既視感に内心首を傾げた。

 この笑い方は何処かで見た事があるような……。でも、この人と会うのは初めてだし……あれ?

「そういう所は変わらないんだ」
「はい?」
「ねぇ。君暇? 助けてあげたお礼に付き合ってよ」
「はい?!」

 なんて自分勝手な人だ。と声をあげるも、私の手首は目の前にいる見知らぬ男子生徒に掴まれていて、彼はこちらに背中を向けてどこかに向かって歩き出している。
 て首が掴まれている私もつられるように足を1歩前に踏み出して、ローファーで地面を蹴っている。

「あのっ!」
「君、甘いもの好き?」
「……好きですけど」

 だからなんだと言うのだ。
 抵抗しようにも、どうにも抵抗する気がおきない。顔がいいからだろうか? そんなミーハーな。と自分でセルフツッコミを入れつつ、黙ってついて行った先は、甘くて美味しいと評判のドリンクが売っている如何にも女子ウケがいい店舗だった。

 正直こんなお店に来るような人には見えないが、入ってしまえば、彼はその場によく馴染んで見えた。それこそ、彼女を連れてこのお店に来ていそうな、そんな気さえしてくる。
 まぁ、私を此処に連れて来ている時点で彼女はいないんだろうけど……。
 ……え? 浮気とじゃないよね? 私面倒な事に巻き込まれていないよね?

「あの、彼女とかは……?」
「彼女の有無より、僕に名前を教えてくれる方が先じゃない?」
「えっ、あ、苗字 名前です……えっと?」

 名前ちゃんね。と笑う男は勝手知ったる様子で店員さんに注文している。店員さんから渡された2つのドリンクの1つを私に渡した男は、口の端を上げて翡翠の瞳を細めて笑っている。

「僕は沖田 総司。よろしくね」
「はぁ……」

 差し出されたドリンクを受け取り、お金を渡そうと鞄を漁っていると、沖田さんは後ろから私の肩を抱き歩き出した。無理矢理前に向かって歩かされる私の足は、一瞬縺れるも沖田さん……恐らく先輩だろうから、沖田先輩と呼ぶが、兎に角、沖田先輩が一瞬バランスの取れなくなった私を支えてくれたお陰で転ぶ事はなかった。

「沖田先輩……! お金っ」
「いいよ。今日付き合ってくれるお礼だから」

 先輩の発言は現在進行形のもので、まだ付き合わさせるのか。と見上げるも彼はストローに口を付けたまま何処かを眺めていた。左手で掴んでいるドリンクはひんやりと冷たく、お礼を言って、ストローに口を付けると爽やかな甘さが口の中に広がり、好みの甘さに驚き沖田先輩を見上げると、彼は私の視線に気が付き目を細めて笑った。
 その後、ゲームセンターに行ったり、その辺を散歩したりと、なんで初めて会った人とこんなデートみたいな事をしているのだろうか。と何度も内心首を傾げながら最寄り駅まで送ってもらった。

 それからというもの、何故か最寄り駅で沖田先輩と会うようになり、先輩の姿を見た友達は「イケメンがいる」とはしゃいでいたが、正直私は、何でこんな所に彼がいるのだ。という心境でいっぱいだ。

「やぁ名前ちゃん」
「……こんにちは」
「暇でしょ? 付き合ってよ」

 なんで暇である事を決めつけてくるのだろうか。と軽くイラっとしたが、彼はそういう人なのだろう。と諦め、友達に断りをいれて沖田先輩に近付いた。
 その日は適当に連れまわされ、夕方ごろに解散となった。そんな日が何日も続き、沖田先輩と会うのが日常となってきたある日の事。沖田先輩は土手に私を連れて行き、夕日が映る水面を眺めながら、ポツリポツリと言葉を零した。

「僕さ、ずっと追いかけてる人がいて」
「はぁ」
「出会えたんだけど、出会えたわけじゃなくて。もどかしくて、どうにかしてやりたいって会う度に感じてる」
「……それは、どういう……事ですか?」

 沖田先輩の話す言葉全てが抽象的で、芯を捉える事が出来ない。
 出会えたのに出会えてなくて、会っているのに会っていない……? それってどういう事なんだろうか。と夕日に照られてる沖田先輩の横顔を見上げ首を傾げる。

「それは諦める事は出来ないものなんですか?」
「うん。だからね。僕、決めたんだ。どんな事をしてでも君の全てを手に入れてみせるって」
「はい?」

 そう言って沖田先輩は唐突に私の唇を奪い、驚き固まった私を見て彼はほくそ笑んだ。
 でも、どうしてなのか。私はその唇の感触を何故か懐かしいと感じてしまったのだ。
 


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