ヒーローとして働き始めて早3年。高校卒業と同時に活動しているから俺は今年で21になる。
今の事務所を独立して自分の事務所を構えてェが世の中そう上手くはいかねぇのが常だ。
いつも通り電車に乗って出勤する。テレビにたまに出たり、ニュースで取り上げられたりするが私服だと俺だって案外バレねぇもんだ。
爆心地よりも目立たねぇからな。
吊革に掴まって横に流れる窓の外の景色を見ていると、何かをぶちまける音と男の怒鳴り声が聞こえた。横目でそれを見ると男は女を怒鳴るだけ怒鳴って電車から降りて行った。
何があったのかは分からねぇがここでシカトをキメたら俺はヒーローじゃねェな。
「おい!そこのお前!」
「ひっ!はぃ!」
「ビビんな、鬱陶しい。さっさと荷物拾えや」
「ごめんなさいっ!」
女は俺に見向きもしないで俯き、怯えながら俺に向かって謝っている。俺もしゃがんで床に散らばった荷物の中身を拾うと目の前の女は驚いた表情で俺を見た。
「あ、ありがとうございます」
「礼はいい」
最後の荷物である厚めの文庫本を手渡し立ち上がると、目の前の女も慌てて立ち上がって頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
「…あの男のことあんま気にすんじゃねぇぞ」
「っ!…はい、ありがとうございます」
此奴の言動を見る限りだが、まぁ十中八九悪いのはあの怒鳴って降りて行ったあの男だろうな。窓の外を眺めつつもチラリと女を見ると目を伏せて俺が手渡した本を大事そうに見ていた。
そんくれぇ大事なら落とした時真っ先に拾えば良かったのに、なんでコイツはそれをしなかったんだ。
「お前その本、大事なんか?」
「え?…あ、この本って言うよりは本が好きなんです。色んな世界に連れてってくれるから」
あぁ、その感覚は分からなくねぇな。学生の時は時間がありゃあ本を読んだもんだ。社会に出てからそんな暇もねぇ上に本を読む感覚がすっかり身体から抜けちまって今となっては読む気にもなれねぇが。
人がそこそこ多い車両ン中目の前の女は大事そうに本を肩から下げている鞄の中に入れて、もう1度俺に向かって軽く頭を下げた。軽くだったのは周りに人がいたからそん為の配慮なのは考えるまでもなくわかった。
「本当にありがとうございます」
「礼はいらねぇっつてんだろうが」
「はい、それでも言いたかったので」
この女気が弱そうに見えて意外と図太い奴かもしれねぇ、と思い始めた頃には車両内に駅の名前が響き渡る。その声に反応したのは目の前に立っている女だ。此処が最寄駅なんか。
女はまた逢えたらいいですね。なんて社交辞令に似た何かだけを残して車両から降りて改札を通って行った。
2度目なんかねぇに決まっている。こちとら出勤時間は不規則なんだからな。
だが、2回目はそう遠くないうちにやって来た。
俺が利用している電車の中に足を踏み入れるとあの時の女はそこにいた。
窓から差し込む光を背中に受け、膝の上に鞄を置き手には文庫本があった。この間見た本とは表紙が違うように見えたからあの時の本はもう読み終えたんだろう。
俺は女の前に立って見下ろすが旋毛しか見えねぇ事に舌打ちを軽くした。何かを見たかった訳じゃねぇが、旋毛を見たかった訳でもねェんだよ。
自分から話しかけるのも癇に障るから向こうが俺に気が付くのを待とう、と決めこんで窓から差し込む光を避けるようにスマホを胸元まで持ち上げて視線は下に下げスマホを弄るが、俺の目の前で座って文庫本を読んでいる女は俺に気が付く気配がねぇ。気づいたところでこの間の事を思い返すと謝り倒されそうだ。それはそれで面倒くせぇな。
「あ、」
「あ?」
「え?」
「あ…」
女が何かに気がついたのか声をあげ、俺は思わずそれに反応した。当然女は反応があるなんて思ってねぇから驚き俺はしまった…。って顔をしていたに違いねェ。女は驚いた表情を見せて口角を緩く上げた。
「お久しぶりですね。あの時はありがとうございました」
「…礼は要らねえっつってんだろーが」
「そうでしたね」
ふふっと笑う女は俺の予想に反してお礼だけを言って、謝り倒すことはなかった。会話が続くわけでもねぇ、とタカを括って女を見ているとまた予想は外れて女は俺に質問を投げかけた。
「貴方はよくこの時間の電車を利用してるんですか?」
「あぁ?」
「この間もこの時間帯の電車だったのでそうなのかなと」
「たまたまだ」
素っ気なく返事をしているにも関わらず女は話をふっかけてくる。俺は素顔でも敵顔と言われるくれェだがコイツは怖いと思わねぇのだろうか。
「お前俺が怖くねぇのかよ」
「へ?特には」
「そーかよ」
大体の女は俺の顔に寄ってきては言動に嫌気がさして出ていく。何でも怒ってる時の表情が怖いんだと。あと怒鳴り声も怖ェらしい。まぁ、俺も女は掃いて捨てるほどいると思ってるタチの男だからかそれに対して何か思ったこともなければ女に困った事もねぇ。
「私の通っていた高校にとても怖い先輩がいたんです。粗暴で粗野な常に何事にも怒っていた先輩で、怒らせると持ち前の個性の餌食になって負傷者がでるって専らな噂だったんです。私は会ったことがないんですが…」
「…そのセンパイの名前、なんつーんだよ」
「えっと、爆豪先輩だったかな」
「ハッ」
どっかで聞いた事ある噂だと思ったら、やっぱり俺の事だったか。という事はこの女は雄英の生徒だったのか。
もし、それがそのバクゴーセンパイだって名乗ったらこの女はどんな風に表情を歪めるんだろうか。懐かしそうに笑う女はどれだけ表情を変えるのだろうか。
「俺がそのバクゴーセンパイだって言ったらテメェはどうすんだ?」
「…噂は当てにならないものだなって思います」
女は驚きはしたものの、恐怖に表情を歪めるでもなくただ、淡々と感想を述べただけだった。それに呆気に取られたのは俺の方で何か言うことも出来なかった。
「は…」
「だって、貴方優しいじゃないですか。見ず知らずの私の手荷物集めてくれたり、気にすんなって慰めてくれたり、今も私とお話してくれてますし」
この女の独特の雰囲気の所為なのかは分からねぇが、雄英に置いて来たあの青い表紙の本に挟めた思い出がふわりと香りあの時の気持ちを懐古させる。
俺はまだあの本を開けねぇらしい。