パブロフの兎


Time for mad teaparty

「あの、死んだ銀髪赤目の男は、何者ですか? なぜ、こんなウイルスの……」

「水島さん?」

 彼の言葉をさえぎるように、男が声を出す。

「……申し訳ありません」

 男の意図を読み取ったのだろうか。水島がすぐに震える声でつぶやき頭を下げた。

「けれど……こ、この町では、似たような事件が立て続けに起きて……町にすむ人間として……詳しいことを、知りたいのです」

 水島が言っているのは、五人が撲殺されたあの事件のことだろう。直樹が巻きこまれた事件だ。
 医者の体が小刻みに震えているのは年下に頭を下げる屈辱か、事件に対する恐怖か。
 銀髪赤目の男は、震えている水島を侮蔑の目で見つめたまま、口元に嘲笑を浮かべてみせる。

「……貴方のことは信頼してるんだ。仕事もできるしね」

 嘘だ、と直樹は思う。
 本当に信頼しているなら、見下すような目で見たり口元に嘲笑を浮かべたりするわけがない。

「だからあまりよけいな詮索はしないでもらいたい」

 水島がゆっくりと顔を上げた。直樹は彼の表情を見ることができないけれど、きっと途方にくれたような顔をしているのだろう。

「……し、しかし……」

 彼の気持ちは聞こえてくる声でなんとなく理解できる。
 水島とまっすぐ目を合わせた銀髪の男は口元に浮かべる嘲笑をさらに強くした。

お茶会の始まりだTime for mad teaparty

 彼の口から飛び出したのは、今まで喋っていた日本語よりもなめらかな発音のおそらくBBC英語だった。

「は?」

 水島の困惑した声が聞こえてくる。直樹も男の意図がわからず窓のむこうで首をかしげた。

「ウイルスの蔓延に関してこちらの管理不足です。申し訳ないと思っていますよ」

 あまり説得力のない口調で、男は言った。

「管理不足……ですか……」

 水島がどこか不安そうに男の言った言葉を繰り返す。
 管理不足ということは、銀髪の男がそのウイルスとやらを管理していたということだろうか。
 医者も直樹と同じことを考えたらしく焦ったような早口で喋りながら身を乗り出す。

「ということは、貴方がたが管理していたものが、なんらかのアクシデントによって持ち出されたということですか? もしかして、この町で起こっている事件も……」

「水島さん?」

 そのウイルスと関係があるんですか?
 水島は、そうたずねようとしたのだろう。

「俺に教えられるのはここまでです。あとはどれほど尋ねられようと、答えられませんよ」

 水島の言葉を断ち切るように、そして思考を停止させるように、さっきまでの嫌味ったらしい敬語から一変した低い声が空気を震わせる。

「ここまで教えてやったんだ。もうよけいな詮索はするな。次はない」

 水島が息をのむ。直樹にはそれがわかった。
 物音を立てないようにそっと窓からはなれ、あたりを見回す。
 マクニール博士と呼ばれたあの男は直樹が巻きこまれた事件の詳細を知っている。水島は全容を教えられてはいないが、あの男の部下かなにからしい。
 銀髪赤目の男が事件の詳細を知っている。
 三月兎は銀髪赤目だ。

 ――あの男は……あの男こそが三月兎なのではないだろうか?

 応接間から少しはなれて直樹は弾かれたように走り出す。
 この病院とあの男は……三月兎はグルだ。
 ここにいたらなにをされるかわかったものではない。
 ここにいてもきっと真実はわからない。
 あの男も病院も、直樹から真実を隠そうとしている。
 吐き気がした。
 なにも知らないのは嫌だ。
 自分のことだ。これは直樹の問題だ。
 だから知りたい。
 知る権利がある。
 直樹には真実を知る権利がある。
 病院を出よう。
 病院を出て、本当は何が起こっているのか調べよう。
 自然とそう決意していた。

「……直樹? どうしたんだ。危ねぇぞ?」

 部屋に駆けこむ途中、一騎当千という四文字熟語がかかれたシャツが目に入った。そして横から声がかかる。祐未だ。

「うん!」

 帰ったのではなかったのだろうか、と思ったが、深く考えている時間はない。思いついた言葉を返して足早にその場を通りすぎる。

「うん、って……おぉい」

 背後から戸惑ったような声が聞こえたが、返事をしている暇はない。
 とにかく早くこの病院から抜け出そうと思った。
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