自分の知らない事実に直樹が眉をしかめる。不機嫌そうな直樹を見て、陸が笑う。 たしかに先々週から先週にかけてはテスト週間でバイトが禁止されていた。ルールに従い、直樹はバイトを休んだのだ。 「倉庫なんかリフォームして、なにに使うのさ」 「ペットフードとかの在庫を置いておくのにもいいしペットだってずっとケージに閉じこめてたらストレスたまるだろ」 陸がカーテンを閉めて、外の景色が見られなくなる。 直樹がコーヒーを口に含んだ。独特の苦みが口の中に広がる。 「陸ってそんなこと気にするタイプだったっけ」 「お前は俺をどんだけヒトデナシにしたいの?」 祐未がコーヒーを一口飲んで少し顔をしかめた。陸のほうに首を動かし口を開く。 「あの……クリームありますか?」 どうやら苦みが嫌いらしく、クリーミングパウダーをご所望のようだ。 「え? ああ、ミルクと砂糖ならあるから。今もってくるよ」 「すいません」 「直樹も使いたきゃ使えばいいよ」 陸が持ってきたのはスティックシュガー五本とコーヒーミルク四つだ。手で掴めるだけ持ってきたらしく、三人分だとしても少し多めだろう。 「僕はいらない」 「マセガキが」 ブラックコーヒーを飲むくらいでマセガキと言われていてはかなわない。 「言いがかりだ」 直樹が口を尖らせたが、陸は目をそらして知らないふりをした。 「あーざーっす」 その横で祐未が砂糖とミルクに手を伸ばす。最初に掴んだのはミルク三つだ。一口分量の減ったコーヒーにミルク三つが投入され、またたくまに変色した。 「……え?」 思った以上の投入量に、直樹は思わず声を上げる。祐未は立て続けにスティックシュガーを三本掴んだ。 いや、スティックシュガー三本はさすがに多すぎじゃないかな。 陸も同じ気持ちらしく、心なしか表情が引きつっている。 「どばー」 泥遊びをしている子供のような無邪気さで彼女はスティックシュガーの封を切り、変色したコーヒーの中に白い粉末をぶちまける。 心なしかコーヒーのカサが増えたような気がした。 「……体に悪いよ?」 香りさえも変化したコーヒーをながめて直樹がつぶやく。 もうそれコーヒーじゃない、という言葉はなんとか飲みこむことができた。 「そうかな?」 祐未は直樹の言葉を気にした様子もなく、不思議そうな表情を浮かべた。 それから一時間ほど休んだだろうか。 休んだというよりは陸と直樹がぐだぐだ会話していたと言ったほうが正しい。 「そろそろ帰ろう。直樹、送ってくよ」 時計の短針が八時を指し、長針が二と三のあいだにきたころ。 祐未がソファから立ち上がり、直樹に帰宅をうながした。 「あー、どうしよう。このまま帰ったら怒られるだろうなぁ……」 だが直樹はソファから動かず、代わりに情けなく眉をハの字にして弱々しい声をだした。 「……帰りが遅いからか?」 祐未が尋ねると、直樹が静かに首を振る。 「ちがう。病院抜け出しちゃったから。入院したって連絡はいってるだろうし」 「それならあたしが病院にもお前ん家にも話つけとくから大丈夫だぜ」 祐未のさし出した手を掴み、ソファから立ち上がる。 「うそっ、本当? ありがとう!」 「もしかしてそれが怖くて、ここで休むとか言い出したのかよ?」 あきれたようなとがめるような目線に直樹が肩をすくめた。 「疲れたのものど渇いてたのも本当だよ」 「祐未ちゃん、こいつはこういう奴だからしょうがないよ」 ソファに座ってへらず口をたたく陸の足を、直樹は黙って思いきり蹴ってやった。 「お世話になりました」 祐未が陸に頭を下げた。ガツン、という音は見事に無視だ。 「あ、あぁ……いいよ、気にしないで」 右足の、ちょうどすねあたりをさすりながら陸が言う。 「大丈夫、ひどくてアザだろうから」 「てめぇはとっとと帰れ」 直樹は陸の言葉に笑い声で返すと、『お邪魔しました』と心のこもっていない挨拶をして家を出た。 「で、お前ン家ってどこだ?」 直樹の手を引く祐未はにこにこと笑っている。まるで直樹と一緒にいること自体がとても幸福なことであるかのように。 「私鉄の最終駅から十分くらいだから……ここからだと三十分くらいかかるかな」 「そっかぁ! 送ってくな!」 彼女はとても幸せそうに笑っていた。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |