――「ひぃっ、いぃぃいぃいだぁあああぁあああああああぁあっ!」 どのくらいそうして悲鳴を上げていただろうか。とにかく長いような短いような時間悲鳴をあげて体を痙攣させていた祐未は、しばらくしてやっと体の痛みが引いてくるのを感じた。 ――「……はっ……はぁっ……はっ……」 さっきまでの痛みが嘘のように消え去っている。目が覚めたときから纏わりついていた痛みさえ消えていた。 ――「あら、この薬は成功ね」 それでも祐未の涙は止まらない。声を上げて泣き出しそうになっている彼女の頭上からジュリアンの声が聞こえた。 とても嬉しそうに、彼女は言う。 ――「この薬ね、怪我が普通より早く治っちゃうお薬なのよ。ただ副作用が強くてねぇ。この前の実験体はショック死しちゃったの。改良が成功したみたいでよかったわぁ」 それが自分にむけられているものなのかテオにむけられているものなのか、あるいは独り言なのか、祐未にはわからなかった。 あの薬を投与された時点でショック死していれば祐未も楽だったかもしれない。けれど運がいいのか悪いのか、彼女はその時生きのびてしまった。 だから彼女はそれ以降ずっとジュリアンの遊び道具になったのだ。 ――「反射亢進ってね、神経が過敏になってすごく痛かったりするのよ。唾を飲みこんだり、風にあたったりするぐらいでも痛いって感じるくらい。このまえの実験体は使いものにならなくなったわ。でも、さっきマウスに打ってみたら大丈夫だったから、多分もう大丈夫よっ」 祐未は今でこそ表向きICPO特別捜査員ということになっているが、十六歳でその地位につくまでにはさまざまな訓練や肉体改造を行う必要がある。 ――「あっ、がっ、ぎゃぁああぁああぁああぁああっ」 ――「うふ、ふふふふふっ、可愛いぃぃぃぃいいっ、可愛い悲鳴ねぇっ!」 本来祐未は薬物投与や肉体改造の影響を調べるための被検体だったのだが、たまたますべての実験が成功してしまい、今まで生き残った。それで肉体労働の専門職に就かされることになったのだ。 本当に、祐未が今まで生き残れたのはたまたまで、偶然で、奇跡だった。 ――「ほぉら、祐未ちゃん! そこに血だらけの男の人がいるだろう? あの人を殺せたら祐未ちゃんの痛いのをぜぇんぶ取ってあげるよ。武器は使わないで。自分だけでなんとかしなさい。どうやったら殺せるか、祐未ちゃんはもうわかってるはずだから!」 楽しそうに弾んだ声で祐未を促したのはジュリアンではなかった。ジュリアンより若い、けれど彼女と似たような歪みを持った男の研究員。彼は楽しそうに笑いながら祐未に取引を持ちかけた。 命乞いをする男を泣きながら殴り殺す祐未を見て気持ちよさそうな笑顔を浮かべていたのを、祐未は今でも覚えている。 ――「……マクニール博士、薬品を連続投与すると正確なデータが取れない恐れがありますけれど」 祐未を傷つけて気持ちよさそうに笑っている人間がいるかと思えば、祐未が少し大きなモルモットであるかのように、無機質なモノのようにあつかう人間もいた。 ――「あら、これくらいなら大丈夫よ。データがたりないならまた取ればいいじゃない。祐未ちゃんは丈夫なんだから!」 白衣と眼鏡を身に着けた男の冷静な指摘に、ジュリアンは笑いながら答える。 ――「……わかりました」 言われた男は軽くため息をつくと人形の位置を変えるかのように無造作に、祐未の腕を掴んで引っ張った。 ――「では、これより薬品を投与します」 祐未のことなどまるで気にしていない。彼にとって祐未はモルモットか人形のようなもの。自分と同じような感情はないし、実験のために用意されたのだから実験に使うのが当然なのだ。 ――「ふふふふっ、祐未ちゃん泣きそうよぉ? 怖いの? 大丈夫よ、今回はそんなに痛くないはずだからぁ」 けれどジュリアンは祐未に自分と同じような感情があると理解している。きちんと理解しているから、祐未が泣きわめいたり暴れたりする姿をみて喜ぶのだ。 どちらの対応が酷いのか、祐未にはわからない。両極端な対応をされて、頭がおかしくなりそうだったのは確かだ。 ――「テオ、あなたならできるわよね。私の子供だもの。死なないように痛みを与えて心を折るの」 ――「祐未ちゃんなら耐えられるよ。今までだってなんとか生き残ってきたんだもん。テオくんが今から君のことをいじめるから、それにたえて。なにがあっても悲鳴以外の声をださないでね」 祐未には拷問にたえる訓練、テオには拷問をする訓練だと言って、長時間無抵抗のままテオに殴られ続けたこともあった。 あの時ジュリアンに耳元で囁かれているテオは、体全体を震わせて今にも泣きそうな顔をしていた。 ――「どちらかが負けるの」 ジュリアンがテオの耳元で嬉しそうに囁く。 ――「どちらかが勝つんだ」 男が、祐未の耳元で楽しそうに囁く。 ――「負けたほうがどうなるかわかってるよね?」 ――「負けたほうがどうなるかわかってるわよね?」 負けたほう。 負けたほうは、この二人に殴られる。 負けたほうは、この二人に蹴り飛ばされる。 負けたほうは、性格破綻者の慰み者だ。 ――「うわぁあああぁああああぁああぁっ!」 叫んだのはテオだった。 手足を縛られた祐未の顔面を思いきり殴り飛ばし、そのせいで口の中が切れる。 ジュリアンはテオが祐未を殴り続けるのを楽しそうな笑顔で見つめていた。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |