「ぎゃぁああぁああぁあぁっ!」 男の悲鳴が聞こえた。 ガツンッ、と鈍い音がして、今まで暴れていた男の腕がだらりと地面に放り出される。 ――人間じゃない。 一定のリズムで打撲音が聞こえてきて、足と腕がそれにあわせてビクリビクリと痙攣している。 ――人間じゃない。 男のうなり声も悲鳴ももう聞こえない。体は完全に力が抜けていた。多分、死んでいるだろう。 人間じゃない。 こいつら二人とも人間じゃない。 人間だったらもっとまともな言葉を喋るはずだ。 人間だったらあんなに高く飛び上がったりうなりながら殴り合ったりいきなり噛みついてきたりなんかしないはずだ。 人間じゃない人間じゃない人間じゃない人間じゃないこいつらは人間なんかじゃない。 じゃあ、人間じゃないならなんだ? そんなこと決まってる。 こんな獣がいてたまるか。 こいつらは…… こいつらは、化け物だ! とにかく早く逃げ出したくて動かない体をむりやり動かそうとする。まだ打撲音が一定のリズムで音が響いていた。 恐怖で吐きそうだ。さっき胃の中身はあらかた吐いてしまったので、吐いても胃液だけだろうが。 ガツン、ガツン、ガツン、という音が、だんだんとグチャッ、グチャッ、グチャッ、という湿り気をおびた音に変化していく。 吐きそうだ。 力の入らない体を引きずって少しでも化け物二匹と距離を置く。 思ったより体を引きずる音が大きく響いてしまった。 それが聞こえたのだろうか。 湿り気を帯びた打撃音がピタリと止まる。 そして、化け物が直樹のほうに振り向いた。 「ひっ!」 悲鳴を上げた直樹と化け物の視線が絡み合う。暗がりの中で確認できたのは噛みついてきた男と同じ銀色の髪とフラッシュ撮影に失敗した写真のような赤い目。 やはりこの二匹は、同じ種類の化け物なのだ。シルエットは人型のように見えるが油断してはいけない。言葉も喋らないし、うなり声をあげて殴り合うし、いきなり噛みついてくるし、人間よりあきらかに知能の劣る野生の化け物に間違いないのだ。 グシャッ、と花の茎が折れる音を大きくしたような音がした。 「ぐっ!」 気色の悪い音だな、と頭のすみで思っていると後頭部に強い衝撃が走る。化け物の影は相変わらず少しはなれたところにあるからヤツに殴られたというわけではないようだ。 意識が遠のき、視界がかすむ一瞬……自分が倒れている足下にコンクリートの塊が落ちているのが見えた。どうやら、コレが頭に直撃したらしい。 ああ、でも、原因がわかったからといってどうなるわけでもない。 意識を手放してなるものかと思えたのも一瞬だけで、体はすぐに支えを失い地面に倒れる。 「おい、大丈夫か!」 背中に冷えた吐瀉物の感触がしたけれど、体を動かせる気力もない。 「大丈夫か、おい! しっかりしろ!」 見知らぬ女の声がする。 声にこたえる気力もやはりなく、直樹は女の声を聞きながら意識を手放した。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |