「貸してくれ」 見かねて祐未が扉に手を伸ばす。カギのかかった扉が音を立てた。 「ここあけりゃいいんだなっ……!」 直樹の返答を聞かず、祐未が思いきり取っ手を引っ張る。バキバキバキッ、と嫌な音がして扉がはがれた。 金属や木片が地面に落ちて耳ざわりな音を立てる。無視して倉庫の中にはいると白熱電球がうっすらと内部を照らしていた。電球が照らす範囲はあまりに狭く、広い倉庫の全ぼうを見ることはできない。 「ペットショップの、倉庫ねぇ……」 ざわざわと生き物が動く気配がする。微かなうなり声や鳴き声もそこかしこから聞こえてきた。中には人のような声も混じっているようだ。 「こんな悪趣味なペットショップ見たことねぇぞ」 祐未の言葉に直樹は眉ひとつ動かさない。倉庫の中を見ても驚いた様子はなかった。ただまっすぐに倉庫のある一点を見つめている。 「直樹……?」 気づいた祐未が呼びかけるがそれにも反応を示さない。代わりに、直樹が見つめる闇の向こうから男の声が聞こえてきた。 「あれぇ、直樹ぃ、どうしたのこんな夜遅く」 聞き覚えのある声が、嫌味なほどにわざとらしい口調で笑い声を響かせる。 「今日はバイト入ってないだろ? こんな薄暗いところに女の子連れてきたりしちゃだめだぜー」 暗がりの中でゲラゲラと笑う陸の表情をうかがい知ることはできない。祐未に向けられた言葉ではないのに聞いているのがひどく不快だった。 以前あった陸は、こんな男だっただろうか? 会話したのも一緒にいたのも一時間たらずではあったが、あまりにも変化が激しすぎて戸惑わざるを得なかった。見た目だけを残して性格だけが他人と入れ替わってしまったような感覚。今の陸ならテオのほうが動機を理解できるぶんまだ可愛げがある。 だが戸惑っている祐未とは違い、直樹のほうは口元に笑みすら浮かべて陸を睨みつけていた。 彼の内面を、直樹は知っていたらしい。 ――「ただ尊敬してないだけだよ」 以前陸を紹介されたとき、直樹の言っていた言葉を思い出した。 なら、なぜ直樹はここでアルバイトをしていたのか? 「……祐未、周りをよく見てよ」 口元に笑みを浮かべて陸を見すえたまま、直樹が祐未に語りかける。あわててあたりを見回す祐未の耳に、陸の声が聞こえてきた。 「直樹ぃ、本当にどうしたんだ? その子に全部教えてどうする気なんだよ?」 陸の人を見下すような笑い声が聞こえる。傷つけられるまえに傷つけるテオのような嘲笑ではなく、ただ人を見下すこと自体に喜びを見いだす笑いだ。 祐未が暗闇に目をこらしているのを確認し、直樹が口を開いた。 「……メラニン色素の欠乏した個体は、観賞用として高く売れる。それだけで非公式とはいえ国際任意組織にケンカを売るのはバカらしいけど……一度手に入ったなら、それを利用して金儲けをしない理由はない」 陸の笑い声が聞こえた。 薄暗い中で目をこらしているとぼんやり周りの様子が見えてくる。周りにはペットを飼育するゲージが置かれていた。赤い目と色素のない白い毛並みや肌を持つ、ありとあらゆる生物がゲージに入ってうなり声や鳴き声をあげている。ゲージの大きさは大小さまざまだったが、どれも頑丈な檻のようだった。 まあ、これが祐未の知っているウイルスで人工的に作り出されたものなら、そうでもしなければ逃げ出されてしまうだろう。 「そうだな。お前がその話を俺に持ってきてくれて感謝してるよ。直樹ぃ」 陸はクスクスと笑いながら言葉を吐き出す。祐未があわてて動物たちを観察していた目を直樹に向けると、彼は相変わらず笑みを浮かべたまま陸を睨みつけている。 「横にいる子は、やっぱりお前のお姉さんなんだろぉ? じゃなかったらお前がこんなトコロまで連れてくるはずないもんな!」 そんな馬鹿な。 なんで知ってる? 直樹はまさか、テオに教えてもらったのだろうか。ファーストフード店で直樹が電話していたのはどうやらテオだったようだから、その可能性はある。 そうだとしても、なぜ陸が知っているのだろう? 教えるタイミングはなかったはずだ。そもそもなぜ直樹が陸にそれを教える必要がある? 「……僕が知ってるのは、ペットから人工的に色素を抜いて取引してたところまでだ。人間の色素まで抜いて、どうする気だったの?」 直樹が淡々と陸にたずねる。あまりに非道な言葉だ。祐未は思わず目眩がした。 色素を抜くなんて、あのウイルスに感染して出る症状はそれだけではない。 発病すれば二週間近くは腱反射と瞳孔反射の亢進や、不安感や興奮性に苦しみ、シロチナーゼが生成できないがため紫外線に怯えながら、やがて脳の皮質を破壊されて呼吸障害によって死亡する。ICLOの研究によって死亡率は下がったが、それでも致死率が高いのに代りはない。幸運に恵まれなければ、二週間以内に死に至る。 「今まで見たことないような大金を積まれて、人間のアルビノを作れないかっていわれたら作るしかないだろ? しかも相手は、今までの客と違って寿命が短くても多少暴れてもいいってんだから、乗らない手はない」 たった二週間。 それだけのために生かされるというのだろうか。 人間もトカゲも魚も犬も猫も関係なく、その二週間のためだけに身をさくような痛みにさいなまれ、光や風や水が体に触れることに怯えながら、短い人生を苦しみ、刹那的な愛玩のために生かされるのだろうか。 祐未の喉から怒鳴り声がはき出される。 「なっ、直樹いぃぃっ! てめぇ、こんなことにホントに協力してたのかっ? お前が話をもってきたってのは本当かっ?」 それでは、ジュリアンにもてあそばれていた自分と、このゲージに閉じこめられた動物たちはなにも変わらないではないか。 視界のはしでは、猫や犬、トカゲのような生き物がゲージの中で暴れていた。 人間の声も混じっている。 多分、さっき言っていたように大金を積まれて作ったのだろう。 二週間しか生きられない希少生物を。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |