「ああ、お姉さん! 直樹くんを責めないでやってください! そいつは、貴方に会うために必死だったんです! 善悪の区別なんてつかなかったんですよ!」 嘲笑うようなからかうような陸の声が、祐未の耳に突き刺さる。 「直樹っ!」 無視して弟の名前を呼ぶと、彼はゆっくり祐未のいる方向に視線を向けた。けれど口は開かず、さきほどの嘲笑さえかき消えた無表情でただ祐未を見つめている。 聞こえてくるのは、陸の出す意地悪い声だけだ。 「騒ぎを起こせばお姉さんが会いにきてくれると思ったんだもんな? 直樹はお姉さんに会いたいがために、犯罪に手を染めていたんですよ! なんて健気な子だろう! お前は俺を利用してるつもりだっただろうが俺だってテメェの事利用して金儲けしてたんだよぉおおおぉおおあはははははははははっ!」 耳ざわりな声は途中から高笑いに変わり、呼応するかのようにゲージの中にいた獣たちがはげしく暴れ始める。獣たちはウイルスが与える不安感と興奮性の影響か、凶暴さが増していた。ゲージをあければいますぐにでも襲いかかってくるだろう。 「お姉さん、直樹君は情報収集に関して異常な才能を持っていましてねぇ、ハッキングなんかも大得意なんですよぉ? ぜぇえぇんぶお姉さんや、死んだ父親母親のことを知りたい一心で、一生懸命練習したんです! 感動じゃないですかぁ! 俺もこいつの身の上話を聞いたときは、危うく涙が出ちまいそうになりましたよぉお!」 陸が耳ざわりに笑う。 なんだ? あの男はなにを言っている? 直樹がハッキング? そうしたら、ICLOからウイルスのデータを盗んだのは直樹ということになってしまう。 一介の高校生が、そんなマネできるはずがないじゃないか。 自分の立場も忘れて、祐未は必死に陸の言葉を否定し続ける。 はやくあの男を黙らせなければと思いながらも、体は思うように動かなかった。 わかっているのだ。 こんなうなり声をあげる動物だらけの場所で顔色を変えない直樹が、犯人の居場所を知っていて案内できるような直樹が、事件と無関係のはずはない。 感染者に噛まれて発病しなかったのも、水島とテオの会話を盗み聞いただけで状況を的確に把握できたのも、祐未がICPO特別捜査官だと言われたときすんなり受け入れられたのも 多分全部、はじめから知っていたからだ、と。 はじめから知っていて動物にウイルスを注入して色素を抜くことが目的なら、自分が感染しないよう事前にワクチンを摂取するだろう。そしてワクチンがあれば感染後のワクチン接種もたやすい。だから直樹は発病しなかった。だからテオは直樹を怪しいと思った。 「陸……僕は、お前が人身売買までしてるなんて知らなかった。僕は知らないことが一番嫌いなんだ」 「ああ、知ってる知ってる! でも、人身売買まできたらさすがにお前、怖じ気づいちゃうでしょ? お姉ちゃんに会いたいだけなんだから!」 でも直樹がはじめからすべて知っていたというのなら、この騒動の大本が直樹だったというのなら、その種をまいたのは祐未なのだろう。 「この倉庫に大穴が開いたのは、お前のずさんな管理のせいで商品が逃亡したからだろ。どうせ僕のいないあいだにとっとと注文数の人間をそろえたくて急いでたんだ。店のパソコンを確認したら、取引の痕跡があったよ。僕に隠せるとでも思ってたの?」 だって陸は何回も、直樹はお姉さんに会いたかっただけだと言っている。祐未が直樹になにも教えずにいたから直樹は自分で調べるしかなくて、情報収集に執着した。 それは祐未も直樹から聞いている。ただ祐未が思っていたよりも、直樹の執着は強くて、犯罪にまで手を出していた。つまりそれは直樹が罪を犯したのは、祐未のせいだということだ。 「そのとおりだけど、逃げた商品が殺されたのは俺のせいじゃない。俺にはあんな化け物殺す力はないしね。それはお前のお姉さんが関係してるんじゃない?」 混乱していた祐未はビクリと体を震わせた。直樹がまっすぐに自分を見ている。 彼は、祐未が血の繋がった姉だと知っていたらしい。 呆然と立ちつくす祐未になにを思ったのか、無表情のまま直樹が彼女に向き直る。ちょうど陸に背を向ける形になったが不安ではないのだろうか。 祐未の心配をよそに、直樹は口を開いた。 「……驚いてる? 僕がこんなことしてたって知って」 彼の問いに祐未はどう反応していいかわからない。直樹も特に返答を期待している様子はなく、淡々と言葉を紡いだ。 「昔から、家族のことも、家族が死んだ事故のことも覚えてない自分が、すごく悔しかった」 あの事故は直樹も祐未も小さい頃に起こったのだから覚えていなくてムリはない。それにICLOから日本に帰されることになった直樹は故意的にそれまでの記憶をうやむやにされている可能性がある。 「覚えてないことが悔しくて、ずっと調べてたよ。事件のことも家族のことも、最初は図書館で新聞記事を探して、ドイツで起こった事件だって知って、当時の記事を読むためにドイツ語勉強して、とにかく話を聞ける人からは話を聞きまくって、外国の人に話を聞きに行くわけにはいかないから、勉強したドイツ語でメール打って、目撃者がドイツ人だけじゃないって知って、今度は英語を勉強して」 陸を、陸をはやく捕まえないと。 でもそのあとはどうする? 直樹を捕まえるのだろうか。 弟の直樹を? 普通の生活をしてもらいたいと願っていた弟を非日常に引きこんで、その上これ以上の苦痛を強いると? きっと祐未には無理だ。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |