デルタの番犬


カーチェイスその2

「こンの野郎っ!」

 祐未は怒りも露わに男二人を睨み付けて車から降りた。タイヤの仕返しとばかりに拳銃を構えた男に殴りかかる。拳銃こそはじき飛ばせたがすぐに距離を取られてしまう。かわりにもう一人の茶髪男が祐未の腹部を狙って足を叩き込んできた。
 彼の足を両の手で受け止めた祐未は男を引き倒してやろうと腕に力を込める。
 足を掴まれた男の腕が微かに動いた。すばやい動きで祐未の喉元へ飛んでくるそれを咄嗟に上半身だけ動かして避ける。ピリリと頬に小さな痛みが走り、生暖かいものが肌を流れた。血だ。男が隠し持っていたナイフを取り出し、切りつけてきたのだ。
 男がさらに祐未の手を攻撃してきたので、たまらず捉えた足から手を離してしまう。

「クソがっ!」

 男は迷わず祐未の喉元を――つまり頸動脈を狙ってきていた。ICLOの施設に忍び込んだ時点で警戒は充分にしていたが、ナイフの正確な扱いや銃の的確な狙いを鑑みるにそうとう特殊な訓練を受けているのは間違いない。

 黒髪男がはじき飛ばされた銃を拾うために走り出す。祐未が後を追おうとすると、すぐ横からナイフが飛んできた。
 黒髪は滑り込むような形で銃を拾い上げると、祐未に標準を合わせる。
 ナイフを避けながら銃口を見据える祐未の耳元でパンッ、と風船が破裂するような音がする。男が銃を撃ったのだ。
 祐未が足下の弾痕に気を取られていると目の前からナイフが飛んでくる。

 相当厄介な相手だ。一人でこれを相手にするのはキツイ。
 背中に嫌な汗が伝うのを感じながら祐未は男二人と距離を取った。ジーンズに挟み込んだデザートイーグルを使う隙があるかどうかも怪しい。
 拳銃とナイフを相手にどこまでできるかわからないが、やってみるしかない。
 右足を引いて体勢を低くすると、ザリッと砂を踏む音がした。
 閑静な住宅街には場違いな緊張感の中、さらに場違いな声が響く。

「その勝負待った!」

 祐未と男たちが慌てて声のほうを向くと、そこに男の姿があった。
 白いシャツにジーンズをあわせ、無造作にアーミージャケットを羽織った男だった。少しクセのある金髪を短くカットし、ツリ目がちのアクアブルーでまっすぐ祐未たちを見据えている。ジーンズのポケットに手を突っ込んだままの男は、拳銃とナイフが見えていないわけでもなかろうに悠然と胸を張って歩いてきた。
 
「せっかくの休暇中派手なカーチェイスを見たから何事かと思ったら……二人がかりで武器まで使い、いたいけな少女を嬲るとは見過ごせない!」

 今までゆったりと歩いていた男が言い放つや否や二人組との距離をつめた。あっという間の出来事に、祐未は二、三度目を瞬かせる。
 ツリ目男の手には、いつのまにか木の枝が握られていた。近くにあった家の植木を折ったものだろう。男は肘くらいまでの大きさがあるしっかりとした枝を黒髪男の手もとに叩きつけた。
 叩きつけたというよりは『枝で手を貫いた』と言ったほうが正しい。
 骨を避け、親指と人差し指の間にある一番薄い部分を正確に狙った攻撃だ。黒髪男が握っていた銃を取り落とす。ツリ目は地面に落ちた銃を黒髪男よりもすばやく拾い上げた。背後から襲い掛かってきたナイフ男の一撃を紙一重で避けると、銃のグリップで伸びきった茶髪男の腕を強く殴打する。甲高い音を立ててナイフが落ちると、ツリ目はすかさずそれを蹴飛ばして茶髪男が手の届かない場所へと追いやった。彼がナイフを蹴り飛ばした足で男の腹部に膝蹴りをくらわせる。
 たまらず蹲った男たちを仁王立ちしたツリ目が高らかに怒鳴った。

「貴様らそれでも軍人か!」

――誰も彼らが軍人とは言っていないが、ツリ目の中では決定事項らしい。

「なっ、なんなんだ一体!」

 男たちが悲鳴をあげるのも無理はないだろう。ツリ目男はこの問いを待っていましたと言わんばかりに胸を張り、威風堂々と声を張り上げる。

「デルタの番犬、ミスターヒーロー……呼び名は色々あるが、今日はあえてこう名乗らせてもらおう。侍! アレックス・ラドフォード!」

――どこらへんが侍よ。

 黙ってことの成り行きを見守ってしまった祐未が心の中で呟く。金色の髪にアクアブルーの瞳を持った白人が言うにはあまりにも似合わない言葉だった。男達はアレックスと名乗ったツリ目の発言があまりにも奇異で言葉をなくしてしまったらしい。わずかに口を開けて茫然としている。
 冷えきった空気を気にもせずアレックスが首を傾げた。

「さて、自己紹介がすんだところでだ。君たちには先ほどのカーチェイスがなんなのか私に説明してもらいたいのだが」

 うずくまった男たちが軽く歯軋りをした。いままで茫然としていた祐未が我に返り、小走りで二人組のもとへ駆け寄る。施設を襲撃した理由と目的を聞き出さなければならないのだ。彼女が携帯電話で弟と連絡を取ろうとしたとき、右肩を強い力で掴まれ、引き寄せられた。アレックスだ。どういうつもりだと問いかける間もなく、目の前をシルバーのワゴン車が横切った。スライド式のドアが開きそこから黒人の男が顔を出す。

「行くぞ!」

 道ばたに蹲っていた二人組の男に言ったようだった。言うや否や彼は二人組の腕を掴んで車内へ連れ込む。恐らく五秒ほどしか掛かっていないだろう。あっというまに走り出したシルバーのワゴン車に祐未は思わず声を荒げた。

「待ちやがれてめぇら!」

 ジーンズに挟み込んだデザートイーグルを構えて引き金を引くが、猛スピードで走り去る車のフロントガラスにヒビを入れただけだった。防弾ガラスを使用しているらしい。タイヤも狙ったのだが、遠ざかる小さな的にはうまく当たらなかった。思わず地面を蹴って毒を吐く。
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