デルタの番犬


カーチェイスその3

「くそっ!」

「そう憤ることもあるまい。君に怪我がなくてよかったよ、祐未」

 アレックスと名乗った男はそう言うと、祐未にまっすぐ視線を合わせてにこりと笑った。

「は……」

 なにいってんだ、と言おうとして、なぜ自分の名前を知っているのか疑問に思う。けれど男の顔にはよく見ると見覚えがあったし、アレックス・ラドフォードという名前にも聞き覚えがあった。
 祐未の戸惑いに気づいたのだろう。アレックスは悪戯っぽい笑みを浮かべ、首を傾げてみせた。

「二年前をお忘れかな? プリンセス」

 祐未は少し考える。二年前の、アレックス・ラドフォード。三秒後に答えが出てきた。

「あ……、アレックス中尉か!」

「今は昇進して大尉だがね」

「そっかー! おめでとー! 久しぶりだな! 元気だった?」

「元気だったさ! 君は相変わらず危険なことをしているようだね」

「しょうがねぇよ仕事だもん。そっかー、でもありがとな! あん時も今日もあんたには助けてもらってばっかりだなー!」

「アルでいいよ。可愛いプリンセスを助けるのは当り前だろう?」

「相変わらず恥ずかしいこと普通に言うなー!」

 祐未はアレックスの両腕を掴み、気分の高揚を表すようにぴょこぴょことその場で飛び跳ねてみせる。それを笑顔で見守るアレックスはとても嬉しそうだった。一瞬、祐未は自分がICLOを襲撃した犯人を追っていて取り逃がしてしまった事実をキレイに忘れてしまったが、足下についた銃弾と芝生の上に突っ込んだ自分の車を見て我に返る。

「あ、そうだあいつら追いかけないと! ごめんなアル、また今度ゆっくり話そうぜ!」

「それについては同意するしお誘いは嬉しいかぎりなんだが、祐未はなぜ彼らを追いかけていたんだい?」

「あいつらがあたしの職場で人に怪我させやがったんだよ!」

「ふむ、そうか……」

 アレックスはごく自然な動作で祐未の肩に手を置き、首を傾げる。祐未もつられて首を傾げた。男が祐未に言う。

「たしかこの近くに駐車場があったね。先ほどの車のナンバーはE6871だったかな……187号線沿いの店舗やライブカメラに犯人の顔が映っている可能性がある。まず身元の割り出しから初めてはどうだい? 車の捜索なんて祐未一人では難しいよ。人手を増やしたほうがいい」

「う、うん、わかった。言ってみる。ありがとな!」

 ほぼ初めてと言ってもいい失態に動揺していた祐未は、アレックスの言葉に何度も頷いてみせる。彼女の様子を見たアレックスは軽く微笑んで祐未の頭を撫でた。突然のことに硬直した祐未を満面の笑みで見つめている。
 ふと、アレックスが来ているアーミージャケットのポケットから小さな電子音が聞こえてきた。固まっている祐未を尻目に彼は悠然と音の原因を取り出す。携帯電話だ。

「アレックスだ。……わかった。すぐ戻る」

 彼は手早く通話を終えると、唖然としている祐未の手にポケットから取り出した名刺を渡す。

「私も全面的に協力したい、と言いたいが急な仕事が入ってしまったようだ。変わりといってはなんだが、なにかあったらここに連絡してくれ。できるかぎり君の力になりたい」

 携帯が鳴っているよ、と最後に小さく付け加えてアレックスは踵を返した。指摘されたとおりポケットに入れていた祐未の携帯が弟からの着信を告げていて、彼女はあわててそれを耳に押し当てる。

「ありがとなー!」

 最後に大きな声で礼を言うと、男は背を向けたまま軽く手を振り祐未の言葉にこたえたのだった。
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