デルタの番犬


緊急事態

 数時間前唐突に要請されたベセスダ周辺の検問で一台の黒いキャデラックが止まった。運転手は黒人で他にも数人の男が搭乗している。車内の雰囲気はどこかピリピリとしていた。運転席の男が警察官にシークレットサービスの身分証明IDを提示する。

「一応トランクの中身を確認させてください」

「どうぞ」

 トランクの中には何もはいっていない。警察官は車に乗っている顔ぶれを確認してから検問を通す。
 しばらく車を走らせてから、後部座席の男が口を開いた。

「……よくあんなID用意できたな」

 運転席の男が目線を動かさず無表情で答える。

「ホンモノだよ。俺のだ」

「シークレットサービスなのか」

「引き抜かれてな」

 言って、彼は口元にニヤリと笑みを浮かべた。後部座席からもバックミラーで確認できる。

「特殊部隊出身だと給料がいいぜ。ケチな国ステイツよりよっぽどな」

 後部座席の男が座席の下に隠してあったトランクを引き出して中を開けるとサブマシンガンが五挺現れた。盗んだ化学兵器は別部隊がすでに運んでいるはずだ。
 ジョージワシントン大学の通りを抜け、巨大な建物がひしめく風景から様変わりした緑溢れるペンシルベニア通り1600番地で車を止める。すでに詳細は伝わらずとも非常事態とは知らされているらしく、シークレットサービスの増援という体はこちらでもすんなり受け入れられた。
 トランクに詰め込まれていたサブマシンガンを装備し、車を降りる。

「緊急事態です! 全員指示にしたがって避難してください!」
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