デルタの番犬


切り札その2

「おい、待てよ!」

 彼の叫びに答えたのはアレックスだ。

「なんだい?」

「お前なんにもなかったみたいにスルーしてるけどな! そいつ化け物じゃねぇか! なんで目の色と髪の色変わってんだよ! それに普通に考えてさっきの動き人間じゃないだろ! なんなんだそいつ! 生物兵器かサイボーグかなんかか!? ちゃんと味方なんだろうな!? 下手すりゃ俺たちも殺されかねないぞ!」

 ルーサーの持っていた銃が祐未に向けられた。真っ当な反応だ。ポケットの中にあるレコーダーを起動させる暇はあるだろうか。できなかったら弾が一発くらい腕にかするのを覚悟で対応するしかないだろう。多少の痛みがあれば『呪文』がなくても戦える。今までもそうだった。
 身がまえる祐未をみてルーサーがなおも口を開く。
 けれど2人の間にアレックスが割って入ったのでお互いそれ以上の行動はできなかった。

「そこまでだルーサー。それ以上言葉がすぎれば私も怒らざるを得ないよ」

「なんでそうなるんだよっ! こっちの命だって危ないかもしれないんだぞ!」

「君は今回の指令に不備があるとでもいいたいのか?」

 ルーサーがグッと言葉を詰まらせる。しばらくして彼は一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべたあとノロノロと銃を下ろした。

「これだから『番犬』はっ! 疑うことを知らねぇ!」

「私は祐未のことも、この国のことも信頼しているからね」

 アレックスの言葉を聞いてルーサーが派手に舌打ちをする。アレックスは数時間前も自分で『デルタの番犬』と言っていた。会話から察するに盲目なほど命令に忠実なのだろう。

「祐未、出血が酷いよ。ひとまず応急処置をしようじゃないか。止血くらいしかできないけれどね」

 傷を見せてくれといわれたので祐未は大人しく服の袖を捲った。まだわずかに出血している傷痕に男が包帯を巻いていく。さすがに手慣れた動作だ。ルーサーはしばらく苦々しげに祐未たちを見ていたがやがて視線を周囲に移した。再襲撃を警戒しているのだろう。
 傷ついた少女の腕に包帯が巻かれていく。ふとアレックスの人差し指が耳に繋がるコードを軽く引っ張った。

「ところで、祐未」

「なんだよ」

「君のさっきの変化には、これが関係しているのかな」

「……なんで」

「その言葉は肯定と見なすよ。ただ、質問に答えるなら……そうだね、包囲される直前、ヘッドセットのコードをサイドポケットに入れるのが見えたからかな。危険を冒してまでそんなことをする理由が私には思いつかなかったものでね」

 アレックスが少し強くコードを引っ張る。アクアブルーの目が真っ直ぐに祐未を見据えていた。すでに原因を確信しているだろう男の目を見て祐未は思わず舌打ちする。

「……ファック……」

「女性がそんな言葉をいうものではないよ」

 コードを掴んでいたアレックスの手がボイスレコーダーの入ったポケットに伸びる。祐未が止めようとした頃には彼がレコーダーを持っていた。少女も取り返そうと手を伸ばす。急に動いたせいか傷が痛み、アレックスは簡単にその手を避けてしまった。

「おい、返せよ!」

「やはりこのレコーダーが重要なんだね」

「そっ、そうだけど……だったらなんだってんだよ!」

「あんな戦い方を何度もさせるわけにはいかない。君の身が持たないからね」

 レコーダーを取り返そうとする祐未の手を潜り抜け、アレックスがレコーダーを地面に叩きつける。甲高い音がして機械が壊れた。真っ二つに割れて中からネジやICチップが飛び出している。もう直せないだろう。慌ててレコーダーを拾おうとしてそれが無駄だと気づいた祐未がアレックスを睨み付ける。

「なっ、なにしてんだテメェ!」

 だいたいの人間は祐未のこの声を聞くと驚くか脅えるかするのだが、アレックスは眉ひとつ動かさず彼女を見据えた。

「今後私と共に行動するうちはもうあんなものには頼らせないよ」

 アレックスの足がレコーダーを踏みつぶし、ガチャンとまた音がして今度はICチップも壊れる。

「私は怒っているんだ。君の向こう見ずさもそうだが、なにより君だけに負担を強いた自分の無力さにね。……これからはもう二度と君だけに戦わせたりしない」

 破壊されたレコーダーを祐未は茫然と見つめる。これがなくても本当に危険になれば自力で白化できるが、タイムラグは否めない。
 というかつい先ほどあれだけの危機を経験しておいて、アレックスはどうして『切り札』を躊躇なく破壊できるのだろうか。

「さ、今度は足を治療しよう。右肩はあまり動かしてはいけないよ。ほかより少し傷が深い」

 アレックスが祐未の足をとり、服をまくる。包帯が巻かれていく自分の足を見つめて祐未は呟いた。

「……それが終わったら……」

「なんだい?」

「一発殴らせろ」

 少女は正真正銘『切り札』がなくなっても平然と笑っていられる男に腹が立っていた。
 アレックスが軽い笑い声を上げる。

「はは、だが断らせていただく」

 祐未は自由なほうの足でアレックスを蹴ろうとしたが、それさえも軽く受け止められてしまった。
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