「で、そろいもそろって何の用なのさ」 椅子に座った直樹が首だけを乱入者に向けて不機嫌そうに吐き捨てる。初動が遅れてしまった。目をつけていた人間が自分たちから押しかけてくるとは予想外だ。目的は友好か敵対か。早々に対策を考えないといけない。 直樹がふてくされたようにレジスを睨み付けると、国光の横に立っていた男はヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべて直樹に近づいてきた。 「いやぁ、俺らも考えてみたんだけどさぁ! ICLOに侵入して毒ガス盗むって、内通者いないと無理だよね?」 直樹の片眉がピクリと跳ねる。それに気づいているのかいないのか、レジスの後ろに立っていた女――倉田クラウディアが口を開いた。 「そして、施設内部の情報を一番入手しやすいのはNSMの人間よね」 直樹の目がクラウディアを睨み付ける。さすがというべきか彼女は大した反応をしなかった。直樹が椅子を廻して体ごと乱入者に向き直り、首を傾げてみせる。 「NSMにスパイがいると?」 座ったままの少年に睨み付けられたクラウディアがニコリと笑った。 「だって、そう考えるのが一番自然でしょう?」 笑顔のクラウディアを睨み付けたまま直樹はさて、と考えた。これはNSMにスパイがいる可能性が高いから主任の自分に声をかけたのか、それとも直樹がスパイだと思って糾弾に来たのかどちらだろう。自分がICLO内部で快く思われていないことは知っている。ここにいる面子が今後の勢力争いについてどう考えているのかは知らないが、常に最悪の場合を想定して動いたほうがいい。いきなり公の場で糾弾されるよりはこちらのほうがまだ手の打ちようがあった。いざとなったら罪を被る代わりに姉と自分の安全を保証させるのもアリだ。うまく行けば姉と自分はICLOから自由になって日常生活を送れるようになる。 切るべきカードを数枚頭の中に思い浮かべた直樹はそれと悟られないようクラウディアを睨み付けたまま言う。 「それが僕だなんて言わないでしょうね」 直樹の言葉に答えたのは国光だった。 「まさか! そんなわけねぇじゃねぇですか!」 彼は大仰に首を横に振ってみせ、緊張感のない笑みを浮かべたまま両手を大きく広げてみせる。直樹と同じ日本人のはずだがどうにもオーバーリアクションだ。 「直樹はそんな馬鹿なことしねぇですよ! 俺ら、テオの人を見る目は信用してるッスからね! テオが主任に推したんだから間違いねぇです! 直樹は祐未が好きだから、姉ちゃん危険な目にあわすマネなんかしねぇっしょ?」 反論はない。ただテオがICLOでこんなにも信頼されているのは些か意外だった。姉はことあるごとにテオに噛みついていたし、直樹から見たテオはお世辞にも他人に好かれるような性格をしていない。 もしかしたらICLOの連中は皆似たようなところが壊れていて、テオを見ても不快に思わないのだろうか。 一番あり得そうな可能性を頭に浮かべたとたん、直樹はじゃあ自分もそうなのかと思いかけ即座に考えるのを辞めた。 「ならこんな大勢でなにしにきたのさ」 自分の本質を見抜かれ、さも当然のように指摘されて多少腹が立ったけれど、ここで目くじらを立てても仕方ない。顔は平静を装って問いかける。答えたのは目の下に色濃いクマをつくった女だった。 「スッ、スパイがあなたじゃなくてもっ……! こっ、ここにいることは、ま、まちがい、ないんです!」 人体強化研究室のハルだ。直樹がそちらに視線だけ移すと彼女は国光の影に隠れた。そういえば人見知りらしいな、と以前聞いた噂を思い出す。 隠れてしまったハルの続きを国光が引き継いだ。 「ICLOの内部構造を調べるならNSMが一番てっとりばやいじゃねぇですか! 直樹は下の連中からあんまり良く思われてねぇですし、裏切り者が出る比率も一番高ぇんですよ!」 少年が足を組んで椅子に座ったまま国光をチラと睨み付ける。 「ずいぶん言いたいこと言ってくれるね」 睨まれた国光はヘラヘラ笑いをそのままに軽く肩を竦めてみせる。 「テオも直樹も興味ない人間にはトコトン興味ねぇですから、そういうトコ気にしやがらねぇでしょ? 結果的に、スパイ候補がうじゃうじゃ野放しになってやがるじゃねぇですか。俺のいうこと間違ってないッスよね?」 フン、と一つ鼻を鳴らした直樹が足を組み直す。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |