君はリリーを知っているか?


「ドリー、落ち着いて」

 リリアンが警察に連絡を入れる。聞かれた質問に答えると、警官を派遣するから待っているようにと言われた。警察が現場に到着したのは5分後。予想以上に早い登場だ。ドリーが驚いた顔をする。

「早いですね」

 2人組の官憲が帽子を被り直して答えた。

「たまたま近くにいたもので。これから応援もかけつけますよ」

 ひとりが手帳を取りだし、ドリーとリリアンに向き直る。

「早速ですが、犯人に遭遇した状況を教えて頂けますか」

 リリアンは男がペンを動かしているさまを凝視し、答えた。

「家に帰ったら鍵が開いていて、不審に思ったので西野と一緒に中を確認していたら、私の部屋にジャッキー・ボーモントがいました」

「その時、彼に遭遇したのは貴方だけですか?」

「西野は1階を見てくれていたので、私が2階に行ったんです。すぐかけつけてくれましたけど」

 警官が隆弘に向き直った。

「で、2階にかけつけた貴方が犯人に発砲されたんですね」

 壁によりかかって腕を組んでいた隆弘が

「ああ」

 と頷いた。

「犯人に恨みを買うようなことがあったんですか?」

 隆弘がポケットからタバコを取りだし、火を付ける。それから煙を吐きだした。

「あの野郎リリアンに御執心みたいだったし、俺がリリアンの傍にいたのが気にくわなかったんじゃねぇのか。そうじゃなくてもことごとく俺に敵わねぇから随分妬んでたみてぇなこといってたしな。天才の辛いところだぜ」

 制服の男がパチパチと二度瞬きをした。リリアンは無表情で男に言う。

「気にしないで下さい。なんかいつもこうみたいなんで」

「はあ」

 警官が胡乱げな目つきで隆弘を見た。それでも男は眉一つ動かさずタバコを楽しんでいる。
 巡査があらためてリリアンに向き直った。

「帰宅されたのはだいたい何時ごろでしょうか?」

「1時すぎです」

「通報通り、犯人は東側に向って走っていったということでよろしいですか?」

「はい。窓から飛び降りて、庭をつっきって走っていったので、間違いないです。橋もそっちにあるから」

「現在何人か犯人の捜索にあたっています。ご安心下さい」

「ありがとうございます」

「ほかになにかお気づきの点などは?」

 リリアンは男の持つ手帳を見た。横に立っていたドリーが慎重に口を開く。

「……『薬のサンプルを持ってきてくれれば安全を保証する』って、最後に言っていました」

「薬のサンプル? 心当たりは?」

 ドリーは首を横に振る。

「いいえ。私もリリアンも薬学をとっているから、もしかしたらなにかと勘違いしているのかもしれないけど……」

 警官がリリアンに向き直った。

「アナタは?」

 リリアンは相変わらず男の腕を凝視しながら答える。

「……いいえ」

「確か、君はバルボ教授の事件でも第一発見者だったね?」

「そうですけど、なにか」

「ジャッキー・ボーモントの救命処置も君がやったと聞いてるよ」

「たしかに私とドリーが対応しましたけど、重要なことは救急隊の方に任せました」

「以前から犯人と面識があったのでは?」

 リリアンが眉を顰めた。

「ナイトクラブの時が初めてです。あの、どういう意味ですか?」

 警官は帽子を目深に被りなおす。

「拳銃まで持ち出すからには、衝動的な犯行とは考えにくいですからね。ご本人に自覚はなくても、きっかけがあったかもしれませんね……学生が小遣い稼ぎにドラッグを作って売りさばくなんてのもありえない話じゃない」

 リリアンが眉をひそめ、隆弘は巡査を睨む。ドリーは不快感をあらわにして叫んだ。

「もしかしてリリアンを疑ってるんですか!? ナイトクラブでだって一番最初にジャッキー・ボーモントを助けようとしたのはリリアンなんですよ! 今日こんなに危ない目にあって、教授のことだって一番ショックを受けてるのはリリアンなのに!」

「いえ、そういうわけでは」

「さっきのは疑ってるように聞こえましたよ! だいたい、病院からジャッキー・ボーモントが逃げたのは警察の失態でしょ!? だから今日町に警官が多かったんじゃない! 自分たちの失態を棚にあげてリリアンを疑うなんて冗談じゃないわ!」

 ドリーが警官につかみかからんばかりの勢いで詰め寄る。リリアンは慌てて彼女の腕を掴み

「ドリー、落ち着いて」

 と宥めた。
 官憲が携帯電話を取り出す。

「もしもし。はい、わかりました」

 短い応答のあと、彼は何事もなかったかのようにリリアンとドリーに話しかける。

「警部が到着したようです。先程と重複することもあるかと思いますが、彼の質問に答えて頂いてよろしいですか?」

 リリアンが頷き、ドリーは不服そうな顔で顔を背けた。隆弘が1階へ下りていく。リリアンが玄関をあけて新しい人間が家に入るのを許可した。
 彼女たちの前に現れたのは茶色い髪をした40代くらいの男と、彼よりいくらか若い数人の警察官だった。婦警も1人いる。茶髪のくたびれた男がリリアンとドリーにほほえみかける。

「はじめまして。警部のアーマン・ニコルです。このたびは大変でしたね。犯人はすぐに捕まりますから安心してください」

 さきほどの巡査たちよりよほど優しげだ。今まで不機嫌そうだったドリーも笑みを浮かべる。

「……ありがとうございます」

 リリアンは男の着ているトレンチコートを見ていた。第二ボタンが取れかかっている。
 隆弘がポケットに手を突っ込んだまま警部に対して笑みを浮かべた。
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