君はリリーを知っているか?


「……ありがと、ドリー」

「じゃあその荷物、部屋に置いちまうか」

 案内された借家のリビングをリリアンは二度見で飽きたらず三回ほど見直した。
 ソファにたてごとあざらしやビーグル犬のクッションが置いてある。床にはネコの顔を模したカーペットが敷いてあった。カーペットの上に履き物が置いてあるので、靴を脱いで過ごすのだろう。
 ソファの横にネコがモチーフのミニテーブルが置いてあった。さらにカーテンタッセルはサルのぬいぐるみである。リリアンは思わず口をポカンとあけてしまう。

「……うわぁ」

 服の時点でわかっていたが、西野隆弘はかなりのファンシー好きだ。顔に似合わない、というリリアンの思考を読み取ったのか男の口がへの字に曲がる。

「……なんだよ」

「いや、服見たときにわかってたから……」

「ガラじゃねぇっていいてぇのか。悪かったな」

 隆弘が顔を横に背けた。頬が少し赤くいつもより声も小さめなので照れているようだ。
 ドリーが慌てて声を出す。

「わっ、私もこういうの好きだわ! いいわよね、可愛らしくて!」

 リリアンはニヤニヤと笑った。

「確かに可愛らしいな! 実は受けか!」

 ドリーがリリアンを肘でつつく。隆弘は口をへの字に曲げたまま

「寝ぼけてんのかテメェ。部屋に案内するからついてこい」

 と言い、半ば強引にドリーとリリアンを2階へ連れていった。客間もリビング同様可愛らしい家具で飾られている。ベッドにはペンギンのぬいぐるみと毛布が敷いてあった。ぬいぐるみは位置からしておそらく枕だろう。

「ここと隣の部屋が客間だ。どっちがどっちかは好きに決めてくれ」

 隣の部屋にはシロクマのぬいぐるみと毛布が敷かれていた。
ドリーがペンギンでリリアンがシロクマを選び、それぞれ荷物を部屋に置く。
 リリアンが隆弘に声をかけた。

「悪いな西野。世話になっちゃって」

「隆弘だ。構わねぇさ。俺だって一人っきりで拳銃もったヤク中に狙われるのはゴメンだしな」

「ところで西野の部屋はどんな可愛いぬいぐるみが置いてあんの?」

「隆弘だ。見せてやってもいいが一緒に寝てもらうぞ」

「イヤン。ウサギちゃんのだきまくらの場所を奪うなんて私にはできないわン」

 隆弘が動きを止め黙りこくる。

「え、なんで黙ンの。マジでウサギちゃんの抱き枕あんの?」

 動きを停止していた隆弘が吐き捨てた。

「ねぇよ。とっととシャワー浴びちまえ」

「いや、絶対あるだろ」

「ねぇよ。ピンクのウサギさんなんて知らねぇ。左隣の部屋が風呂だぜ」

「んんんん?」

 一瞬冗談で言っているのかと思ったが、どうやら男は大まじめのようだ。リリアンは追求を諦めた。というか、目の前の男がウサギのぬいぐるみに敬称をつけている現実に負けそうだった。

「……ドリー、どっちが先に入る?」

「……リリアン、先に入ってくれる? 隆弘さん、キッチンを借りても平気かしら」

 隆弘が首を傾げる。

「別にかまわねぇぜ。どうしたんだ」

 ドリーがニコリと笑って隆弘を見た。リリアンは風呂に入るためにいそいそと着替えの準備を始める。

「せっかく家に泊まっているから、食事くらいはせめて作ろうかと思って」

 着替えを抱えたリリアンに、ドリーが軽くウインクを飛ばした。

「本当はリリアンが食事当番なんだけど、いろいろあって一番疲れてるのはアナタだろうからね。変わるわ」

「ありがと、ドリー」

「隆弘さんも、私が作る料理でかまわないかしら?」

 隆弘が少し目を見開き、それから喉の奥で笑ってみせた。

「じゃあ頼むぜ。悪いな」

 ドリーが笑顔を深める。リリアンは荷物を抱えて2人の後ろを通っていった。
 言われたとおり右隣の部屋に入る。トイレと浴槽が一緒になったオーソドックスなタイプだった。浴槽の上にシャワーがついている。入浴剤を発見して手にとると自分達と同じタイプ のものだった。安くてオーソドックスなので大抵の人間はこれを使っているだろう。服を脱いで着替えと一緒に放り投げる。バスタブに入浴剤を入れてお湯を張った。泡が沸いてきたのを確認し、浴槽に座ると体を擦る。髪まで洗ってシャワーで泡を流すと着替えてバスルームを出た。
 階段を下りてリビングまで行くと、キッチンでドリーが作業をしていた。隆弘がソファでビーグル犬のクッションを抱えたまま本を読んでいる。
 リリアンもソファに腰を下ろすことにした。

「お風呂ありがとうー」

 隆弘が顔をあげる。

「ああ、じゃあ次は」

 キッチンにいるドリーが笑顔で言った。

「まだ手が話せないから、隆弘さん先に入っちゃってくれるかしら」

 隆弘が本を閉じてクッションをテーブルに置く。

「……わかったぜ。悪いな」

「いいのよ」

 キッチンから漂ってくる香りで、リリアンは今日の夕飯がスパゲッティ・ボロネーゼだと理解する。ドリーの得意料理だ。

「気合い入ってるねー」

「アナタ疲れてるみたいだしね。リリアン、前に私のボロネーゼ好きっていってくれたでしょ」

 と答えた。
 
「……ありがと、ドリー」

 胸がじんわりと熱くなる。今日は厄日だったが、これだけで疲れが取れるようだ。
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