君はリリーを知っているか?


「別に夢中になってねぇ」

 西野隆弘はリリアンが確保していた席から四つ離れた席に座っていた。何人かの女が仕切りの上から顔を覗かせて男に視線を送っている。当の本人は読書に夢中で気がついていないようだ。
 ここの図書館は利用者が集中しやすいようにするためか、机の一つ一つが仕切りで区切られて個室のようになっている。同時にあまり空調が効いていない。これは昔からの伝統のようなものだ。貴重な本が数おおく保管されているオックスフォードの図書館は本の管理に気を使う。人よりも本の状態を優先して空調を調節しているため、居心地が良いとはいえない。
 リリアンが確保した5冊を読み終わって返却しにいく頃には隆弘の本が10冊すべて別の本にかわっていた。先程詰んでいた本はもう読み終わったのだろうか。相当集中しているようで、背後に人が立っても気づく様子がない。リリアンはためしに小声で呼びかけてみた。

「おい」

 男は気づいた様子もなくパラパラと本のページを捲っている。

「おい西野」

 やはり気づかない。隆弘は本を読み終わったらしく、右手の横に持っていた本を積み上げた。今右側は3冊だ。
 男が新しい本を読み始めた。リリアンは彼の後ろ姿を暫く観察した後、隆弘に渡すはずの本を彼の肩に振り下ろす。

「西野隆弘!」

「っ!」

 本に集中していた隆弘は随分と驚いたようだ。ビクリと肩を揺らし、リリアンのほうを振り向く。
 女は三匹の子豚に視線を合わせて隆弘の机に本を置いた。

「本に夢中になりすぎだろ。女連れでこの調子だったらそりゃフラれるわ」

 隆弘が口をへの字に曲げる。

「別に夢中になってねぇ」

「咄嗟に人の言葉否定しちゃうのはクセかなにかなの?」

「ちげぇ。事実だ。夢中になってねぇって言ってんだろ」

「じゃあさっき私が何回お前のこと呼んだかあててみ」

 隆弘が一瞬黙り込んだ。この時点で周りが見えていなかったと自白しているも同然だ。

「……4回」

「3回ですー。少なく言うならまだしも多く言うってなんだよ。ものの見事に本に夢中になってんじゃねぇか」

「なってねぇ」

「はいはい。あ、この本だけど150P以降は政治思想が強すぎるから読まなくてもいいと思う。半分以上医療費抑制政策の話してるからね」

「ああ」

「この右側の本もう読み終わってんの? それなら私ついでに返してくるよ」

「自分で返しにいくぜ」

「私どうせ本返しにいくもん。ついでだよ」

 リリアンが3冊の本を抱えると、隆弘は一瞬黙り込んだあと静かに

「……頼む」

 と言った。
 リリアンは笑って

「まかせてー」

 と返す。
 その後会話をすることは無かったが、リリアンもそのうち本を読むのに集中していったので気にすることはなくなってしまった。
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