「これから君は何もできずに地面に沈んでいくしかないんだ! 土の中は僕の領域さ! あの夜飲んだ薬が僕に力を与えてくれたんだ!」 隆弘の足が一気に沈んだ。今は脛あたりまでだ。 「バルボ教授の研究室で開発された薬だよ! リリアンも研究に関わってたはずだ!」 突然名前を呼ばれて女の肩が震える。隆弘がチラリと自分を見たので、彼女は胸が締め付けられるような息苦しさを覚えた。 ――私のせいだ! 我に返ったリリアンが、咄嗟に隆弘の腕を掴む。 「西野っ!」 「隆弘だっつってんだろ!」 「こんな時まで余裕だねアンタは!」 自分のせいで目の前の男を死なせるわけにはいかない、と彼女は強く思った。ジャッキーの飲んだ薬で少なくとも3人が命を落としている。この上隆弘まで死んだらと思うと目の前が真っ暗になりそうだった。 西野隆弘の腕を両手で掴み、全身を使って引っ張る。身体がなんとか地面から出てきた。脛まで沈んでいた足が今はくるぶしくらいまで地面に出ている。 ジャッキーの苛立ったような声が聞こえた。 「リリアン! なにしてるんだ! そんな男に!」 隆弘のくるぶしあたりを掴んだ華奢な手が怒鳴る。手だけがしゃべっているようで非常に不気味だった。 「僕のことを好きなんじゃなかったの!? そう思ったから折角親切にしてあげたのに! 裏切るなんてあんまりだ! よりによって隆弘なんかとっ!」 隆弘の身体がまた地中に引っ張られたので、リリアンは男が沈んでしまわないよう必死に踏ん張った。 「誰もお前のこと好きだなんていってねぇけどっ!」 「君も結局そこらのバカ女と同じだったんだ! この僕が! 助けてあげるっていったのに!」 リリアンの身体が揺れる。目線を床に向けると身体が少しだけ沈み始めていた。 「隆弘もろとも殺してやる!」 女が微かに息をのんだ。一方隆弘はなにが面白いのか、喉の奥で笑ってみせる。 「……その変態にふさわしいみみっちぃ特技で、リリアンの部屋にも入り込んだのか?」 殺されかけているというのに随分と余裕だ。リリアンが睨みつけても男は平然としている。 地面の下でジャッキーがフン、と鼻を鳴らした。 「残念だったね。推理はハズレだよ。僕がこの力を手に入れたのは昨日のことだ」 隆弘の片眉が跳ね上がる。ジャッキーがケタケタと笑った。 「おまえら2人とも僕のいうことを聞かないからいらないんだ! 邪魔なんだよ! 死んでも知らない! 死ねばいいよ!」 隆弘が奥歯を食いしばる。タバコを咥えていたら噛み切りそうな勢いだ。 「堕ちるところまで堕ちたな、ジャッキー」 隆弘の身体がまた沈み込んだ。彼の腕を掴んだままリリアンが足に力を込めるも、あまり踏ん張りが利かず逆に自分まで沈み込む始末。 ジャッキーが怒鳴る。 「バァーカ! カッコつけてられるのも今のうちだ!」 またズブズブと隆弘の身体が地面に沈んだ。男はひとつため息をついてから天井を見上げ、吐き捨てる。 「バカはテメェだジャッキー」 「は?」 地面の中からの声には応えず、彼は自分の腕を掴んだままのリリアンを見据えた。 「リリアン、手ぇ離すんじゃねぇぞ。しっかりふんばれ」 「う、うん!」 女が頷くと、隆弘の身体に力が入る。掴んだ腕からリリアンにそれが伝わってきた。男は地面に沈んで踏ん張りの利かなくなった右足を、腹筋だけで思いきり跳ね上げる。左足が沈んでいくのをリリアンの腕がなんとか止めた。 隆弘が跳ね上げた右足には、ジャッキーがしがみついている。彼は掴んでいた足の動きに逆らえず、地中から出てきて放り投げられた。 隆弘の口から、腹に響く低音が飛び出す。 「力比べでテメェが俺に勝てるわけねぇだろ!」 跳ね上げた右足をしっかり地面につけた隆弘は、一瞬浮かんだ華奢な身体に狙いを定めて思いきり拳を叩きつけた。 ゴキャリ、と妙な音がする。おそらく肋骨あたりが折れたのだろう。 「ぐぅっ!」 ジャッキーが呻いて地面を転がる。ネコのテーブルを巻き込んで壁に激突した身体が地面に沈むことはなかった。 隆弘が鼻を鳴らす。 「意識してなきゃ特技はつかえねぇらしいな。そうじゃなかったらここに来たとき地面に立ってた説明がつかねぇからな」 地面に転がったジャッキーは動かない。どうやら気絶しているようだ。肋骨が折れるようなパンチをもらったうえ、ミニテーブルを巻き込んで床を転がれば気絶しても無理はないだろう。 「目ェ覚ます前におさえつけとかねぇとな」 隆弘が左足を床から引き抜こうと身じろぎした。しかしいくら力をいれても足はビクともしない。ジャッキーが沈まない代わりに、隆弘の左足も床の下に埋まっていた。リリアンの両足も同様だ。 リリアンが茫然と倒れたジャッキーを見守る中、隆弘が忌々しげに吐き捨てる。 「くそ野郎がっ! 手間ぁかけさせやがって!」 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |