「で、でも、見てなくたって殺害には関係してたかもしれない! 日曜日のアリバイは、まだわからないんだから!」 隆弘の眉間に刻まれたシワが深くなる。彼は目を瞑って呻るように言った。 「ああ。もちろんその可能性はあるが、ジャッキーが主犯じゃねぇことは確かだ。誰か最低でももうひとり、オックスフォードの学生が絡んでやがる」 「な、なんで? ネズミを見るだけなら、別に外を出歩いてれば誰でも大丈夫なんじゃないの……?」 「学生じゃなきゃ、ネズミが飛びだしてきた窓がバルボ教授の研究室で、薬で空が飛べるようになったってのを、どうやって3日で調べ上げられるんだ? そもそも学生じゃなきゃ、薬のデータを盗んで応用するのも難しい。治験段階にくるまで2ヶ月しかたってねぇってのも早すぎる。悪知恵の働くどっかのだれかが胸クソ悪い製薬会社と手を組んだとかなら、こんな静かな町で実験する必要なんざねぇんだ。事件があると目立ちすぎるからな。なら、テメェを追いかけてた連中は手を貸しはするが必要最低限。薬の効力については半信半疑で、この町に住んでる誰かが連中に薬を売りつけるために躍起になってるって考えたほうが自然だろう。そうなると、最低でもあとひとり学生が絡んでて、そいつが薬学を取ってる可能性が高い」 隆弘があまりにもまっすぐ自分を見てくるので、リリアンは肩を振わせる。もしかして自分が疑われているのだろうか。不安になって隆弘を見つめ返す。彼は一瞬だけ目を伏せ、それから酷く言いにくそうな顔をして女を見た。 「……嫌なことを聞くが、ネズミが空を飛んだとき、ドリーがどこにいたか解るか」 「いっ、家にいたはずだけど……もしかして、ドリーを疑ってるの?」 隆弘が目を伏せた。それを肯定だと取ったリリアンが声を荒げる。 「なんで!? ドリーは関係ないよ! たまたま私とルームシェアしてたから巻き込まれちゃっただけなんだ! ドリーがそんなことするはずない! こんな薬だれかに売りつけたってメリットなんかないよ! 人生が台無しになるだけだ!」 「金は手に入るだろうぜ。それこそ一生お目にかかれねぇ大金だ。キレイな金じゃねぇだろうがな」 「ドリーはそんなもの欲しがらない!」 隆弘が顔をあげ、リリアンを見る。まだ言いにくそうだったが、今度は彼女をまっすぐに見てきた。 「……ジャッキーが、アンタらの借家に侵入したとき、アンタはストーカー被害を想定して、女警官の同行を希望したよな? リリアンが部屋の確認をするのに30分。ドリーは5分くらいだったはずだ」 「それで、ジャッキーとドリーがグルだっていうの? だってジャッキーは、私に対してストーカーみたいなこと言ってたんだから、ドリーが自分は関係ないって思っても不思議じゃないと思うよ」 「自分の部屋も荒らされてるのにか? ジャッキーはどっちがアンタの部屋だかわからないからどっちも荒らしたと思うのが自然だろう。だとしたら、どっちからも下着の1着や2着、盗まれてても不思議じゃねぇ。俺ならそう考える。そもそもジャッキーがリリアンだけを標的にしてるなんて確証はどこにもねぇんだ。実際に部屋が荒らされてるんだからな。女なら当然、もっと不安なんじゃねぇのか?」 リリアンが言葉に詰まった。隆弘は彼女が黙ったのを確認して、部屋の壁によりかかる。 「ジャッキーが2人の部屋を荒らした理由としてもう一つ、これは仮にどっちかがグルだった場合。ひとりの部屋だけを荒らしては不自然だから、もうひとりの部屋も荒らしたって可能性がある。これなら、共犯者のほうは最初からなにも取られる心配はないから、それほど焦る必要も、不安になる必要もねぇ。部屋からなくなってるものがないか確認する必要も、もちろんありゃしねぇ」 女は俯いて絨毯をみる。まるで自分が責められているような気分だ。自分が責められているほうがまだマシだったかもしれない。 「リリアンの鍵を盗むのも、同居人なら簡単だ。事前に盗んだアンタの鍵をジャッキーに渡すこともできる。当日ドリーが家を施錠したのは、アンタに鍵がなくなってるのを悟らせないためだったのかもな。図書館からの帰りに尾行されたのだって、最初は居場所をつきとめるためかと思ったが、ホテルから警察に連絡して送ってきてもらったってのに、ジャッキーが家に現れた。尾行がついてねぇか細心の注意を払って送ってってもらったのにだぜ? なら、尾行は居場所の特定が目的じゃねぇ。アンタを拉致するためだと考えたほうが自然だ。居場所の情報はどっかから漏れてる。誰が情報を流したのか? 俺か、アンタか、ドリーか、警察の誰かか。情報を流して得をしそうなのは誰だ? 事件に最初からかかわってそうな奴は誰だ?」 残念ながら、リリアンは隆弘の言葉に反論する術をなに1つ持っていなかった。 「もしかして、あのナイトクラブに行こうって言い出したのはドリーのほうだったんじゃねぇのか?」 「……ドリーが、ジャッキーたちの様子を見るための口実に、私をクラブに連れていったっていうの?」 「あくまで可能性の話だがな」 女が下唇を噛み締め隆弘を睨む。隆弘も眉間の皺を深くして、苦しそうな表情を浮かべながらも彼女の視線を受け止めてくれた。重苦しい沈黙が部屋を支配し、お互い目線をそらさないまま妙な緊張感が生まれる。 張り詰めた雰囲気を切り裂くように、ノックの音がした。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |