君はリリーを知っているか?


「かまってチャンが、ウゼェんだよ」

 ドリーが腕の力を緩めて顔をあげる。
 夜霧の中に男が立っていた。口元の火だけが暗がりの中で赤く光っている。
 ドリーが息を呑んだ。
 リリアンは茫然とする彼女の拘束を抜けだし、叫ぶ。

「西野っ!」

「隆弘だ」

 リリアンが転がるような勢いで男に駆け寄った。彼は少し不満そうに呼び名を訂正してきたが、リリアンの肩を抱き留めて守るように背後へ誘導してくれる。

「怪しいとは思ってたが、まさか自分で薬まで飲んでやがったとはな。驚いたぜ。早く治療したほうがいいんじゃねぇのか?」

 ドリーが歯を食いしばった。煙を吸い込んだ隆弘は敵を真っ直ぐに睨みつける。

「手間ぁかけさせやがって。もうすぐ警察がくるぜ。観念するんだな」

 ドリーが右足で床を蹴った。女のヒステリックな叫び声が木霊する。彼女が喋るたび床に赤黒い染みができた。

「うるさいっ! 結局その女を選ぶのね! 結果を出したのは私なのに! 警察がくるですって!? だからなんなの! 私はもうすぐ死ぬのよ! こんなもの、治療なんてできるわけないでしょ! 観念するのはアンタのほうよ! アンタもリリアンも道連れにしてやる! 見る目がない自分を後悔するがいいわ!」

 男がタバコの煙を吐き出す。ため息も混じっているようだ。

「俺は絶対後悔しねぇよ。テメェよりか人を見る目があるからな。他人のモンを横取りして何が結果だ。ジャッキーが飲んだ薬はもともとバルボ教授が開発した薬じゃねぇか。テメェは他人の評価が欲しいだけだろ。そんな奴の相手、俺はゴメンだぜ」

 ドリーの身体が震えている。顔が真っ赤だ。隆弘を睨む目に殺意がある。

「な、なんですって……!?」

 男はタバコを咥えたままドリーを見据えていた。見下すような目つきだ。

「なんならハッキリいってやろうか? 

 ドリーの身体が震え始める。食いしばった歯の奥から低いうなり声のようなものが聞こえてきた。

「許さないっ……! 絶対に許さないっ!!」

 ドリーの目が太陽を反射した鏡のように一瞬強く光を放つ。
 突然、建物の中に強風が吹き荒れた。椅子がガタガタと音を立てて揺れる。開いた扉から吹き込んできたのではない。リリアンの髪もタバコの煙も、礼拝堂から逃げ出すように扉の外へ流れていく。
 風のうねる音が耳元で聞こえた。空気を切り裂くような鋭い音だ。
 隆弘が突風に押されて小さく呻いた。

「ぐっ……」

 リリアンも飛ばされないよう、必死に男の腕にしがみつく。
 強風の吹き荒れる中でドリーが高らかに笑った。口の端から血が流れでている。

「私はあの薬を飲んでるのよ!? あんたたちより進化した人類なの! この私にアンタらみたいな虫けらがかなうわけないじゃない!」

 ドリーの言葉と共に、リリアンたちに吹き付ける突風が強くなった。正面からだけではない。上からもなにかに押さえつけられているような気がした。重力が何倍にもなったような感覚だ。
 リリアンが隆弘の腕を離す。男が少し驚いたようにリリアンを見た。
 もう限界だ。リリアンがたまらず悲鳴をあげる。

「きゃあぁっ!」

 強風に身体が吹き飛ばされ、上からの重圧で地面に叩きつけられた。背中に強い痛みが走った。風が止まない。
 ドリーがケタケタと声をあげて笑う。

「そのまま押しつぶされて死になさいよ! 虫けらみたいにね! アンタには似合いの最後だわ!」

 男がドリーを睨みつけた。ドリーは血にまみれた歪な笑顔のまま、彼の視線を受け止める。

「隆弘、アナタも今更謝ったって遅いわよ! 無様に地面に這いつくばるといいわ!」

 風がまた強くなった。隆弘の身体が大きくぐらつくも、彼は体勢を立て直して力強く地面を踏みしめる。
 背中を強く打ち付けたリリアンは腹にかかる重圧に吐き気を覚えながらも必死に顔をあげた。
 隆弘がまだ立っている。ドリーを睨みつけていた。煙が突風にあおられて扉の外に逃げていく。
 隆弘が煙草を噛みきった。赤い火が付いたタバコの破片が煙の後を追うように扉の外へ飛んでいく。
 男がツバとともに残りの破片を吐き出した。隆弘の背中が低くうなり声を出す。
*前 - 40 -次#
しおりを挟む
目次
戻る
[しおり一覧]
LongGoodbye