君はリリーを知っているか?


「ドリー……」

「う、うぅううぅうぅヴうぅっ……!」

 さっきまで床に座り込んでいた女の身体がくの字に折れ曲がり、音を立てて地面に転がった。
 リリアンは慌ててドリーの肩に手を置く。

「ドリーっ! まって! 今救急車がくるから!」

 裏返った女の目がまた焦点を結び、リリアンを見る。それでも彼女は無様に床を転げ回り、獣のような悲鳴をあげるだけだった。

「うぅうぅうぅぅっ、うううぅうっ、あぁあああぁあっ、あっ、あああぁぁあ! ああぁあああああっ!」

 ビチャビチャと音を立てて赤い飛沫が周囲に飛び散る。ドリーが勢いよく咳き込んだ。

「げぇっ、うっ、うげぇっ、あっ、ああぁあ、ああぁああ……うぅうぅぅぅぅぅ!」

 唾液と血の混じったものが礼拝堂の床を汚す。血を吐いていた。止めどなく溢れ出る血と唾液が辺り一面に広がっている。ジャッキーの時と同じだ。

「ドリーっ! まって、あんまり動かないで! とにかく座って!」

 ドリーの目がリリアンを見る。歯も口元も真っ赤に染めた女の手がリリアンの服を掴んだ。水色の目が恐怖に揺れている。

「死に、たく、ないっ!」

 ドリーの手は血まみれになっていた。当然リリアンの服も赤黒い染みがつく。すがりつく赤い手を、リリアンの手が包み込んだ。

「大丈夫だよ! もう救急車がくるから! 頑張って!」

 ドリーの腕の力が強くなる。開いた口からまた血があふれ出す。

「死にたくない! リリアン! アンタ薬のサンプルもってるんでしょう! なんとかならないの!? なんとかして! なんとかしてよ! 死にたくないのっ! 私まだ死にたくないっ!」

 リリアンは必死に言葉を探す。彼女はサンプルを持っているだけだ。薬に関してはドリーのほうがよほど詳しいし、データだってドリーが持っている。リリアンにできることはなにもなかった。
 ドリーの目がリリアンを見る。縋るような目だった。その目が大きく揺れたかと思うと勢いよく裏返ってしまう。
 突然目の前で白目を剥いた友人にリリアンは思わず息を呑む。
 ドリーの腕の力が緩んで、女の身体が地面に落ちた。
 同時に

「ヴぇぁっ!」

 と妙な嗚咽を漏らし、ボタリと大きな血の塊を吐いて動かなくなる。人がひとり死ぬのを、リリアンと隆弘は為す術もなく見ているしかなかったのだ。
 リリアンが血まみれの床に力なく座り込んで小さく呟く。

「ドリー……?」

 自分で身体が震えているのがわかる。殺されかけたとしても、お互い本音を言い合えなかったとしても、今まで一緒に過ごしてきたのには変わりない。

「ドリー……」

 呼びかけても目の前の友人は答えなかった。隆弘がリリアンの肩にそっと手を置く。

「リリアン」

 声をかけられてリリアンはゆるゆると男を見上げる。彫刻のように整った顔が言葉を用いず諦めろと言っていた。
 彼女が必死に頭を整理している傍らで、何人かの足音が聞こえてくる。

「リリアンさん、隆弘! なにがあった!」

 男がリリアンから目を逸らし、声のするほうを見た。

「おっさん……ドリーが死んだ」

「なんだと!? どういうことだ!」

 かけつけてきたアーマンの声と事情を説明する隆弘の姿を、リリアンはどこか遠い世界のことのように感じていた。
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