君はリリーを知っているか?


「妙だぜ」

「アーマンさん、今大丈夫ですか」

「かまわん。なんだ」

 若い刑事がチラリと隆弘を見る。部外者の前では言いにくい内容なのだろうか。気を利かせて席を立とうとした青年を、アーマンの手が制した。

「大丈夫だ。なにかわかったのか?」

 若い刑事が少し逡巡したあと、小声でアーマンに報告する。

三合会トライアドが、例の学生2人と協力関係にあったことがわかりました」

 アーマンの目つきが鋭くなる。隆弘の眉も知らずピクリと跳ね上がった。三合会は香港を拠点とする犯罪組織の総称だ。各国の華人社会にまで影響力のある世界規模の組織と言われている。
 アーマンが若い刑事に無言で続きを促すと、彼は先程と同じトーンで言葉を続けた。

「現在構成員から詳しい話を聞いています。証拠もありますから、確実に引っ張れますよ。ことによっては学生や関係者5名の変死にも関わっているかもしれない」

 そうか、とひとつ頷いてアーマンが隆弘を見る。

「向こうも警察に目をつけられれば下手な動きはできないだろう。逃げたことを謝るついでに今のを報告して安心させてやれ」

 つい数分前の精神状態なら、隆弘はここでアーマンにラリアットを食らわせていただろう。しかし今は若い刑事の言葉に違和感を覚えたので恥ずかしさが吹き飛んでいた。

「妙だぜ」

 刑事が首を傾げる。

「なにがだ?」

「ナイトクラブでの一件の後、2人組の男がリリアンに絡んできた。イタリア系の男だ。今調査中のグループにイタリア系の奴はいるのか?」

 若い刑事が首を振る。アーマンは隆弘を指差して何か言いたそうな顔をしていた。大方そんな話は聞いていないといいたいのだろう。しかし隆弘も今の今までそんな2人組のことは忘れていたのだ。助けたときは調子にのった観光客か何かだと思っていた。
 しかし万が一この事件に関わりのある人間だったら。
 昨日リリアンから事件の原因たる黒ユリの話をされた隆弘は、三合会以外にあのユリを狙う輩がいても不思議ではないと思った。
 では、リリアンをひとりにしては危険ではないか。
 単純明快な結論を導き出した男が弾かれたように走り出す。背後でアーマンが声をあげた。

「隆弘っ! 待て! 警察にまかせろ!」

「俺より先にリリアン探し当ててくれりゃ問題ねぇだろ!」

 リリアンは今から帰ると言っていた。だとすれば、川を渡った住宅街にいるのだろう。今ごろは赤い屋根の借家で荷造りでもしているはずだ。
 隆弘が歯軋りする。タバコを咥えていたら噛みちぎっていただろう。一秒でも早くリリアンを見つけるため足に力を込めた。

「あのアマァっ! 手間ぁかけさせやがって!」

 歩道を弾丸のような早さで駆け抜けていく隆弘を、通行人が不思議そうに見ている。
 リリアンが無事で、このあと警察に保護されるならなんの問題もない。イタリア系男の2人組だって、今もマフィアであるという確かな証拠はないのだ。
 この心配が杞憂で、リリアンが無事で、何事も無くカレッジの空き部屋を借りて、たまに隆弘と話してくれれば、そんなに幸せなことはない。
 とにかく脳裏に浮かんだ不安を打ち消すため、隆弘は必死に足を動かし、見知った道を走り抜けていった。
*前 - 48 -次#
しおりを挟む
目次
戻る
[しおり一覧]
LongGoodbye