君はリリーを知っているか?


「あいつらどこいきやがった」

――ぶつかる!

 男の思考はそこで停止した。
 考えるより先に身体が動く。ハンドルを引き上げるようにしてバイクの前輪を持ち上げた。
 車のボンネットに後輪を乗り上げ、そのままの勢いで空中に飛び出す。

「う、ぉおおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 隆弘の喉から人生で一度も出した覚えのないような情けない悲鳴が漏れた。空中に投げ出されて当然バイクの操縦は利かない。
 車体が重力にしたがって道路へ落ちていく。視線の先に見えるのは雪の山と化した中央分離帯だ。
 ガクンッ、と強い衝撃が走り、男の身体が大きく揺れる。
 思わず声が漏れた。

「ぐっ……!」

 それでも走れないほどではない。一度着地の衝撃で倒れかけた隆弘は、勢いにまかせて雪の山を滑り降りた。4番の道へと入る。
 雪でなければ中央分離帯に激突してヘタをすれば死んでいただろう。
 黒い車は男の前方、車を三台挟んだ先にいる。今も無茶な運転で前方車両を追い抜き、男から距離をとっていた。アッシュゴールドのタイガースポーツもアクセルを回して車線変更を繰り返し、目標との距離を詰めていく。ロンドン方面へ進む高速道路へ入ったところでやっと黒い車に追いついた。隆弘がヘルメットについた雪を乱暴に払い、前の車を睨みつける。
 車のパワーウインドウが開く。後部座席の窓だ。
 窓から突き出された腕は黒光りするオートマチック拳銃を持っていた。白い景色に黒がよく映える。
 息をのんだ男がハンドルを切る。
 パンッ、とマヌケだが腹に響く音がした。隣車線に移動した隆弘の真横で道路に小さな穴が開く。
 銃口が彼を狙っていた。
 慌てて車線を戻し、車の後ろに張り付く。今度は急ブレーキをかけられてひき殺されそうになった。

「クソッ!」

 追突を避けるために車線を変更すると、また銃撃だ。スピードを落として車と距離をとるしかなくなった隆弘は、ロータリーに辿り着いたところで引き離されてしまう。黒い車はあっという間に一般道の奥へ消えてしまった。
 アッシュゴールドのバイクは路肩へ移動して停止する。

「あいつら……どこいきやがった」

 肺に吸い込む空気がとても冷たい。防寒対策などする暇もなく道路を走り続けたので身体にも刺すような寒さが襲ってくる。周囲を見回すとビーコンズフィールドのバス停があった。タイガースポーツに跨ったまま隆弘はしばし考える。
 もし黒い車に乗っていた男が本当にルーベン・バルボ教授だったとしたら、スラウに別荘を持っていたはずだ。リリアンが言っていた。

『一緒に出かけてくれたのはスラウの別荘に1回きりで』

 スラウならここから16分ほどで着くはずだ。となると、あの車の目的地として可能性が一番高いのはルーベン・バルボの別荘。
 まだ少し肌寒さを我慢することになるが仕方がない。時間がないのだ。
 隆弘は覚悟を決めてまた道路へ飛び出し、一路スラウへと向った。
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LongGoodbye