君はリリーを知っているか?


「そうか。ありがとよ」

 雪化粧をした木々が道路にまで枝を伸ばしている。周囲は芝生に覆われた草原が広がっており、牧草地帯といった風体だ。今は雪がふりつもっていてとても寒々しい。見晴らしが良い分余計だろう。
 雪道を通ってスラウについた隆弘は、道で雪かきをしている中年女性に近づいていった。

「ちょっといいか。聞きてぇことがあるんだが」

 女が顔をあげる。隆弘をみて驚いたような顔をした。彼をみた女は年齢に関係なく大概同じような表情をする。まあ隆弘が美しすぎる容姿に生まれついたのだから仕方がない。

「あ、あら! なにかしら!」

 顔の赤い女をまっすぐに見据えて男が言葉を続けた。

「ルーベン・バルボの別荘ってのはどこにある?」

「あっ、教授先生の別荘ね? それだったら……確か、ロータリーの1つ目の入り口を出て、まっすぐ進むとまたロータリーがあるから、3番目の出口を出てまっすぐ進むの。少しして見えてくる大きい家がそうよ。バイクなら2分くらいじゃないかしら」

「そうか。ありがとよ」

「え、ええ。どういたしまして!」

 女に言われたとおりまっすぐに道を進むと広大な敷地のホテルが現れる。水草の凍った沼地を通り過ぎ、壁に蔦の絡みつくバーも通り過ぎて1つ目のロータリーに入った。2つ目のロータリーも抜けて雪に覆われた丘を横目にしばらく走ると、大きな柵に囲まれたチューダー様式建築が現れる。
 グレーの石を積み上げた外壁に窓枠はブラウン。三角屋根に煙突がついていた。広大な庭はよく手入れがされている。カナダメープルの大木に囲まれ、真っ白になった庭に人の足跡がいくつかついていた。バックガーデンには温室もあるようだ。
 バイクを降りて周囲を見回してみると、柵の向うに黒い車が止まっている。ナンバーは確認できない。門は閉ざされているが、玄関に5人ほど男が立っていた。黒いスーツを着たイタリア系だ。
 隆弘は大木の影に隠れ、柵に寄りかかった。なにか使えるものはないかと周囲を見回す。すぐ近くにゴミ捨て場があったので酒瓶と新聞紙を引っ張り出した。それから愛車に歩み寄った彼は、フューエルタンクに手をかけてガソリンを抜く。燃料を酒瓶で受け止めた。新聞紙で酒瓶と道路の水気を取ったあと、ビンの口に別の新聞紙をねじ込む。しっかり栓がされているのを確認して男はポケットからジッポライターを取り出した。去年の誕生日に叔父からもらったものだ。桜と虎の蒔絵が描かれている。
 まず気持ちを落ち着かせるため、タバコを取り出して火を付けた。煙を吐き出すと雪の中に溶けて消えてしまう。
 さすがに度胸のいる行為だ。そもそも犯罪だし、ヘタをすれば周囲にも迷惑がかかるかもしれない。もう一度深呼吸してタバコを味わうと、隆弘は意を決した。
 ジッポで新聞紙に火を付ける。ガソリンの入った酒瓶を柵の向こう、庭の中程にある木に目がけて投げつけた。雪の上を吹っ飛んでいった火炎瓶は狙い通り木の幹に当たり、パリンと甲高い音を立てる。周囲に飛び散ったガソリンが発火する。当然火炎瓶を叩きつけた大木は炎に包まれた。
 玄関にいた5人の男が火災に気づいて声を荒げる。

「なっ、なんだ!?」

「火事だ! 木が燃えてやがる!」

「なにか割れる音がしたぞ!」

「火炎瓶かなんかか!?」

 5人中3人が庭へ駆けていき、消火活動にとりかかる。残りのふたりは敵襲に備えて周囲を見回していた。懐に手をいれている。おそらく拳銃のホルスターがとりつけられているのだろう。
 隆弘が柵によりかかって左足の靴を脱ぐ。すばやく靴下を脱いで近くにあった小石を中に詰めると、靴だけをはき直して屋敷の閉ざされた門を乗り越えた。
 当然玄関にいた男ふたりが隆弘に気づき、拳銃を構える。

「テメェか! ナメたマネしやがったのは!」

 黒スーツの怒号に返事をせず、隆弘は先程急造したブラックジャックを男目がけて投げつけた。男が銃の引き金を引く前にブラックジャックが彼の腕を跳ね上げる。銃口が空を向いたまま煙を噴き上げた。
 もう1人の男が隆弘に向って躊躇無く発砲してくる。右腕に弾丸がかすって服が破け、鋭い痛みが走った。隆弘が左腕で雪を握りしめ、男の目に向って投げつける。

「ぐっ!」

 男が小さく呻いて銃口がブレた。
 ブラックジャックを投げつけられた男が銃を構え直したときには、すでに隆弘が目の前まで駆け寄っている。
 腕で男の腕を払いのけ、手首を掴んで押さえ込むと腹に肘を3回叩き込んだ。

「ぐぅっ……!」

 男が低く呻いて銃を取り落とす。隆弘は呻く男を雪の中に投げ捨て、地面に落ちたベレッタM92を拾った。黒い自動拳銃だ。雪で視界の利かないもうひとりが無理やり目をあけた。隆弘に銃口を向ける。隆弘は無防備な彼の足をひっかけて転ばせた。ドタンと派手な音を立てて男が尻もちをつく。

「うっ!」

 隆弘が呻いた男の右足に向けて引き金を引いた。爆竹の音がして黒いスーツの上に血が弾ける。玄関のタイルと庭の雪に鮮やかな赤が飛び散った。
 男が悲鳴をあげた。

「ぐぁあああぁあっ!」

 隆弘が銃の柄を男の頭に打ち付ける。

「うるせぇよ」

 ガツンッ、と音がして男が仰向けに倒れ込んだ。鈍い音がする。後頭部をタイルにぶつけたのだろう。
 庭のほうから荒々しい声が聞こえる。

「なんの騒ぎだ!」

 消火に行った仲間が帰ってきたのだろう。隆弘は彼らが戻ってくる前に落ちていたブラックジャックを拾い上げ、屋敷の中に飛び込んだ。
 長い廊下の向う側から男が3人走ってくる。
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