君はリリーを知っているか?


「銃ってあんま役にたたねぇな」

「侵入者だ! 撃ち殺せ!」
 
 火薬の破裂する音とともに隆弘に向って弾丸が飛んできた。左腕と右足にかすり傷ができて血が噴き出す。
 小さく舌打ちした隆弘が自分も拳銃を撃つ。腕が負傷しているうえ、慣れていないので当然かすりもしない。彼は仕方なく持っていた銃を真正面の男に向って投げつけた。重い音がして鉄の塊が男の顔面を直撃する。もんどりうって倒れた仲間に残りのふたりの視線が一瞬向けられた。その間に右側の男の顔面にも靴下のブラックジャックが直撃し、残りはひとり。
 隆弘が廊下を敵に向かって滑り込んだ。出血した右足で残った男の足を払う。
 間抜けな声を出して男が仰向けに倒れた。

「ぎゃあっ!」

 ゴツンッ、と重い音がする。
 無防備になった敵の腹に隆弘が硬く組んだ両手を叩き込むと、男は口から酸素と妙な声を吐きだした。

「グブッ」

 これで敵は全員動かなくなった。男は念のためその場に落ちていた銃を一丁拾い上げ、短くなったタバコを携帯灰皿に突っ込む。

「銃ってあんま役にたたねぇな」

 隆弘の身体中に鈍い痛みがあった。できればこれからあまり敵に会わずに行動したい。とにかく少し廊下を進み、手近な部屋に入り込む。客間の用で人の気配は無かった。出血した腕と足に処置を施さなければならない。
 男は自分の着ているネコのシャツを見た。
 これを破いて、傷に巻いておけば簡単な止血にはなるだろう。デフォルメされた子猫がつぶらな瞳で隆弘を見返している。ジャッキーを拘束するために使ったキリンのシャツはまだ使える状態だったが、破いてしまえばもう着られない。
 どうするか真剣に悩んだ彼は意を決して服の裾を破く。ジィイッ、と甲高い音が響いて布が裂けていった。シャツが可哀想すぎて本気で泣きそうだ。

「ネコさん……」

 低く呻るような声で小さく呟いたあと、男は出血した箇所に布をまいた。
 これもすべて自分が不甲斐ないせいだ。
 いや、相手が拳銃など撃たなければ怪我をすることもなかった。
 リリアンを攫ったりしなければ隆弘がここまで追いかけてくることもなかった。
 つまり全部ここの奴らが悪い。

「あいつらよくもネコさんを……!」

 握り拳をグッと握りしめた隆弘はあらためて部屋を見回した。
 換気扇が天井でクルクルと回っている。その向う側には通気ダクトがあった。扉の近くにあったスイッチの1つを押すと換気扇がゆるやかに停止する。

「……ふん」

 男は顎に手を添えてひとつ頷いた。すぐさま机を換気扇の真下に持ってくる。足場の上にのぼって換気扇のフタを外し、換気扇も外した。腕の力だけで身体を持ち上げ、通気ダクトへ入り込む。掃除が行き届いていないらしく埃の臭いがした。軽く咳き込んだ後、彼はズルズルと通気ダクトの中を這っていく。横に蛾の死骸やらひっくりかえったネズミやがら落ちていて眉をひそめたが、気にしている時間はない。
 稀に見かける通気口の編み目から屋敷の中を伺えた。ズルズルと這い続けていると金網の向う側から怒号が聞こえてくる。

「侵入者だ! もう5人やられてやがる!」

「てめぇら意地でも見つけだせ! 舐められっぱなしで黙ってられるか!」

「はいっ」

「1人ルーベンに知らせてこい! 地下室にいるはずだ!」

「わっ、わかりました!」

 男がひとり、バタバタと慌ただしく駆けていく。残りは反対側に駆けていった。
 隆弘は通気ダクトを這いずり、ひとり駆けていった男の後を追う。
 廊下の男はしばらく走ったあと、扉の前に立ち止まってポケットから鍵を取りだした。隆弘が侵入した客間は鍵などかかっていなかったが、こちらは警備が厳重らしい。人に入られたくない、正に秘密の地下室といったところか。
 通気口の上でニヤリと笑った隆弘は、明かりの差し込む金網を持ち上げ、極力音を立てないように横へ退かした。これで丁度鍵を差し込んでいる男の背後に着地できる。男が鍵を開けたタイミングを見計らい隆弘が廊下へ着地した。
 物音に気づいた男が振り向く。

「なんだっ……」

 だが隆弘のほうが早かった。男の首に腕を絡めてすばやく締め上げる。

「ぐぁうっ……!」

 男は暫く暴れていたが、隆弘がさらに力を込めると脱力して動かなくなった。白目を剥いている。
 その場に放置して別の人間に見つかるとマズい。隆弘が周囲を見渡した。すぐ近くに部屋があるのを発見し、気絶した男をそこに放りこむ。
 重い音がして気絶した男が床に転がった。脱力した身体をさらに奥へと蹴り飛ばし、隆弘は部屋の扉を閉める。
 男が解錠した扉の向うには、階段があった。ゆるやかに下へ延びている。足元にうっすらと明かりがついていた。
 隆弘はポケットからタバコを取りだし、火を付ける。

「こりゃあ、いかにもって感じだな……」

 呟いて煙を少し吐き出すと、ジーンズのウエストに奪った銃が固定されているのを確認した。傷の様子も観察する。身体が充分動くと判断を下した彼は、後ろ手で扉を閉めたあと勢いよく階段を駆け下りていった。
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