「それでイタリアマフィアと結託して、私をモルモットにするために攫ったってか!」 「正確にはシチリアマフィアだよリリアン。そもそもマフィアという呼称自体シチリアの犯罪組織を呼ぶためのものなんだが……それはどうでもよかったね。それと勘違いしないで欲しいんだが、彼らと私の友好関係は今に始まったことではないよ。もう20年以上のつき合いだ」 「どうせ食うに困ってドラッグでも作ってたんだろ! 研究者として認められたのは34歳の時だったって、前に話してたもんな!」 ルーベンが突然右手を振り上げる。乾いた音がして女の頬に痛みが走った。目の前の男に叩かれたらしい。赤髪が小さく笑い声を漏らす。 「連れない態度だなリリアン。そういえば、天才と名高いタカヒロ・ニシノに口説かれたそうじゃないか。早速乗り換えたわけか。利用価値のある人間にすり寄る術はさすがだな。まるで寄生虫だ」 赤髪の嘲笑に彼女は奥歯を噛み締める。いままでそんな風に思われていたのかと思うと顔が熱くなった。冷たい石を丸呑みしたように腹の奥がヒュッと冷える。 都合の良い女だとはわかっていた。利用されているのではないかともうすうす思っていた。男にしてみれば、都合の良い言葉だけを求めるリリアンは寄生虫のようにみえたのだろう。 ルーベンは見下したような目で笑っている。 「君のような寄生虫を愛そうだなんてよほど目の腐った奇抜な男か、それとも私と同類かな? 君は助手としても、夜の相手としても随分具合が良かったからな! 伴侶にしたいとは思わないが、その場かぎりのアクセサリーとしては非常に優秀だったよ!」 女は人生で初めて、怒りで身体が震えるという貴重な体験をした。自分の周囲にいる人間は隆弘以外クズばかりだ。ルーベンだってドリーだって他人を利用することをなんとも思わない。人の命だって自分のための踏み台に過ぎない連中だ。きっとリリアンが人の顔色を伺って楽に生きることばかり考えていたからだろう。自分が他人を利用してばかりいたから、周りにも自然とそういう人間ばかりが集まってきたのだ。 ――どうして隆弘は、こんな私を好きになってくれたんだろう。 マスクをつけた男が腹の立つ笑みを浮かべて彼女に話しかけてくる。 「今回君は歴史的な偉業の立役者になるんだ。この実験に成功すれば、私の努力が世界中に認められる。君は影ながら私の偉業を支えることになるんだよ! アクセサリーから本当の助手への昇格さ! こんなに嬉しいことはないだろう? 私の努力がついに実を結ぶときがきたんだ! 君にもその一端を担わせてあげようじゃないか!」 握り拳を作ったリリアンの腕が震えて、カチャカチャとベルトの金具を揺らす。自分の顔をのぞき込んでくる男に向って思いきりツバを吐いた。 ルーベンの頬に汚れが付着する。彼は心底驚いたようだ。信じられないと言いたげにリリアンを見た。 拘束されたままの女は、見開かれた男の目をまっすぐに睨みつける。 この男の目は水色なのだと、彼女は初めて気がついた。 何度も何度も至近距離で顔を見合わせてきたのに、今までまともに目を見たことが一度もなかったのだ。これでは人間の内面なんてわかるはずもない。ただ自分に都合がいいから傍にいただけで、寄生虫と言われても仕方がない。 歯を食いしばったリリアンは、こんな緊急事態なのにも関わらず――もう人の目から顔をそむけるのはやめにしようと、少し場違いな決意をした。 「ふざけんな! あんたは他人の目が気になるだけだ! 人に褒めて欲しいだけなんだ! そんな奴の努力なんて努力じゃない!」 隆弘のような人間の行いを努力というのだ。毅然としていて、まっすぐ前だけ見ていて、結果も周囲の反応もただの雑音だと割り切れる。後からついてくるものだと断言できる。自分の行動に自分の責任で自分の結果がついてくるのだと、周囲の評価も讃美も非難も嫉妬もすべてとるにたらないことだと笑う。あの男の行いこそ『努力』というのだ。 それにくらべてリリアンやドリーや目の前の男が言う『努力』のなんとちっぽけなことだろう。他人の目を気にして体裁を整える行為のなんと浅ましいことだろう。 そんなものを『努力』と呼んだら、あの男に失礼だ。 まっすぐに前だけを見据えて自分のために自分だけが行動する。それを実行できる、あの男に失礼だ。 「あんたみたいに人に褒めてほしくてしょうがない奴にはね! みんな決まってこういうんだ! 『かまってちゃんが、ウゼェんだよ』ってね!」 マスクをつけた顔が怒りに歪む。血行もすこぶる良くなったようだ。ぐぐもったうなり声が聞こえてくる。 「貴様っ……!」 ルーベンがまた腕を振り上げた。乾いた音がして先程と同じ場所に痛みが走る。今度はもう少し痛かった。そういえばドリーに殴られたのも同じ場所だった気がする。 ――ちくしょう、どいつもこいつも図星つかれた途端同じ場所殴りやがって。 リリアンがルーベンを睨みつける。怒りの形相をしていた中年男が、無理やり引きつった笑みを浮かべた。マスクをしているから目元だけしか見えないが、歪んだ目元が痙攣していて滑稽だ。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |