君はリリーを知っているか?


「君にはまだ役に立ってもらわなければならないからね」

「……黙っていればまだ可愛らしいものを。いつから私にたてつくようになったんだ。この雌豚」

 赤髪が注射を取り出す。当然女に抵抗する術はないが、せめて思いきり睨みつけてやった。水色の目が嘲笑を浮かべる。

「フン、叫くだけがせいぜいだろう。いつもどおり大人しくしていれば少しは可愛がってやったのに。にんぎょうが感情を露わにしても気持ち悪いだけだ。お行儀よく座って遊んでもらうのを待っているのが一番よく似合っているぞ」

 リリアンの視界がグラリと揺れた。鼻の奥がツンとして、目尻が熱くなる。身体が震えて顔中に血が集まってきた。熱い液体が頬を伝う。伝った場所がすぐに冷えて、また熱いものがポロポロと零れていく。鼻の奥が痛い。喉が大きくひくついた。肩を揺らしてしゃくりあげる彼女を男が笑う。

「なんだ泣いてるのか! 無様だな! 心配しなくても今までの連中のように、いきなり血を吐いて死ぬということはないだろうよ!」

 ルーベンが楽しそうに笑っている。女の目からは涙が溢れて止まりそうになかった。
 悔しい。
 こんな男のせいで、こんな男のために、リリアンは隆弘の思いを踏みにじったのだ。
 あのまっすぐな、綺麗な目をした男のとてもまっすぐな思いを、こんな男のためにといって彼女は踏みにじったのだ。
 悔しい。
 なんでこんな奴のために。
 なんでこんな奴を忘れたらいけないなんて思ったのだろう。
 なにより悔しいのは、こんな醜悪でいけ好かない男と、そんな男に利用されたバカな自分のせいで、どこまでもまっすぐで、どこまでも美しく、どこまでも強いあの男が――西野隆弘が傷ついたことだ。
 
 ――悔しい!

 泣きながら逃げだそうと暴れても、ベルトの金具がガチャガチャと虚しく叫ぶだけ。土から這い出てしまったミミズのようにのたうちまわる女を見てルーベンは笑っていた。
 嘲笑を浮かべた男が彼女の腕に注射針を近づける。ズブリと金属が肌の中に入ってきて、リリアンは一瞬だけ鋭い痛みを感じた。
 右腕を見ると、注射器の中の液体が自分の血管に飲み込まれていく。
 喉が震えた。

「あ……あぁっ……ああぁあ……!!」

 ルーベンが楽しげに笑う。

「眠くなるだけさ。君にはまだ役に立ってもらわなければならないからね」

 女の意識が遠のいていく。手足からだんだん感覚がなくなっていく。涙の伝う感触だけがいやに鮮明だった。
 ぼやける視界の向う側に赤毛が消えていくのを見つめていることしかできない。

――悔しい……!

 最後まで自分の愚かさと無力さを呪いながら、リリアンはとうとう意識を手放した。
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