君はリリーを知っているか?


「信じられないほど汚い言葉を使うな君は」

 地下室の扉を蹴破った隆弘が見たのは赤黒いユリの大軍だった。むせ返りそうな香りが襲ってきて男は眉をしかめる。少量なら官能的な香りもこれだけ集まれば凶悪なものでしかない。花が薄暗い中に溶け込んでいて不気味だった。禍々しい大輪の花に囲まれて、リリアンが椅子に横たわっている。どうやら気絶しているようだ。
 隆弘が声を荒げる。

「リリアン!」

 女が目を覚ます様子はない。代わりに彼女の横にたっていた赤髪が隆弘のほうを向いた。ルーベン・バルボ。おおきなマスクをつけていて、水色の瞳が歪に歪む。

「西野隆弘じゃないか。この女のために本当に来たのか……呆れるね」

 隆弘が奥歯を噛み締める。咥えたタバコが少しずつ裂けていくのがわかった。

「なんとでも言えよクソゲス野郎。その女になにしやがった。今からぶん殴ってやるから覚悟しろ」

 ルーベンが鼻を鳴らす。水色の目に嘲笑が浮かんだ。

「信じられないほど汚い言葉を使うな君は」

 ガチャン、と音がして椅子の横に黒いベルトが落ちた。

「みすみす殴られるわけにはいかないよ。データも取れたし、リリアンに足止めを頼むとしよう」

 ルーベンの腕がリリアンの背中に触れ、脱力する女を助け起こした。隆弘の歯がタバコに突き刺さり、また音を立てて裂けていく。

「さあリリー……起きなさい」

 女の睫毛が震えた。金色のカーテンが音もなくあがり、閉ざされたエメラルドが現れる。キラキラと輝く大粒の宝石。最初こそ焦点の合っていなかった瞳は、やがてなにかに脅えるように大きく見開かれた。薄く色づいた唇が恐怖の形に戦く。
 ルーベンが笑い、女の白い頬に手を這わせた。リリアンがヒッ、と小さく息をのむ。

「やっ、いやっ! 離して!」

「離すとも。でも気をつけるんだよ。怖い人がいるからね。君を怒る人が来たんだ。お姉さんよりも出来の悪い君を怒る人がね」

 赤髪に腕を掴まれたリリアンが拒否するように首を横にふった。

「いやっ! 聞きたくないっ!」

 なにやら様子がおかしい。いつものリリアンではないし、反応が少し幼くなっているようだ。
 ルーベンは女の腕を乱暴にひっぱって椅子から引きずり下ろした。床に手をついたリリアンが隆弘を見る。
 ルーベンが穏やかな口調で女に言った。

「見てごらんリリアン、あの人が怖い人だよ」

 女が息をのむ。エメラルドの瞳が大きく揺れた。一瞬翠玉の瞳が太陽光を反射した鏡のようにチカッ、と強い光を放つ。
 リリアンが頭を抱えて赤黒い花の中に蹲った。

「こないでぇえええぇえっ!」

 ブワリと強風が吹き荒れる。彼女を中心にしてユリが円形になぎ倒された。まるでミステリーサークルだ。
 風でよろめいたルーベンがそのまま後退し、隅にあった階段の手すりに手をかけた。
 マスク越しにケタケタと笑っている。

「彼女こそ、私が開発した新人類第一号……超能力者の、プロトタイプだ!」

 リリアンが荒い呼吸を繰り返している。隆弘は全身から血の気が引くのを感じた。彼女は今のところ出血も痛みもないようだが、いつジャッキーやドリーのようになるかわかったものではない。

「リリアン! やめろっ!」

 隆弘の怒鳴り声にリリアンが反応する。ビクリと身体を揺らした彼女は泣き出しそうな顔で隆弘を見た。また緑玉がチカッ、と発光する。
 突風が吹いて赤黒い花が散った。暗い中で金髪の女を彩る花弁はひどく禍々しい。
 ルーベンが階段をのぼっていく。隆弘が追いかけようとするも、突風が彼の身体を押しつけて自由に動けない。重力が何倍にもなったような感じだ。周りのプランターに植えられたユリもグシャグシャと折れてひしゃげていった。そのたびコンクリートの床に禍々しい花弁が散っていく。
 階段の上からルーベンの声がした。

「彼女は今、薬の影響で精神が不安定だ! あまり刺激は与えないほうがいいぞ!」

 隆弘がルーベンを睨む。無理やり身体を動かすと骨がギシギシ音を立てた。
 ちぎれかけていた煙草を思いきり噛みきって、口の中に残った破片もツバと一緒に吐き出す。

「テメェは……ぜってぇぶっ飛ばしてやる……!」

 ルーベンは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「威勢がいいな。私を殴るつもりなら、まずリリアンをなんとかしないといけないぞ……他の被検体よりはまだマトモに動くが、そのまま力を使い続ければどのくらいもつかわかったものではないからね」

 隆弘が咄嗟にリリアンを見る。彼女は酷く脅えていた。目が充血している。
 男が叫ぶ。
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