「え?」 リリアンがユリの上に倒れた。隆弘の身体が彼女の上に乗っている。脱力して動かない。 「隆弘? どうしたの……?」 リリアンが男の背中に手を回す。ヌルリと妙な手触りがした。手を確認すると、真っ赤に濡れている。 「あっ……あぁあぁぁあああ……! あぁああぁああぁ……!」 意味をなさない声が口から漏れる。必死に男の身体を抱きかかえるが隆弘はピクリとも動かなかった。膝から下が床に埋まっているので震える手で引きずり出す。彫刻のような身体がボロボロだ。ほとんどリリアンが錯乱している最中にやったのだろう。 赤黒いユリの上に男の身体を横たえる。花と同じ色の液体が床を塗らしていった。 「や、やだ……やだ……どうしよう、死んじゃうよ……隆弘が……やだ……!」 女は目の前の情景を否定するように何度も首を横に振る。 隆弘の背中の傷から血が流れてきた。腕や足の傷からも血が止まらない。圧迫止血を試みるも裂傷箇所が多すぎる。 目から涙が止めどなくあふれ出した。 「隆弘ぉ! ねぇ返事してよぉ!」 コバルトブルーの瞳が見えない。あの瞳なら怖くない。初めて真っ直ぐに見た他人の目だ。 涙がボロボロとこぼれ落ちる。一瞬目の前がチカッ、と瞬いた。リリアンの手のひらにバチバチと火花が散る。慌てて隆弘の身体から手を離した。 「あっ、あぁっ……!」 自分の不注意でまた怪我を増やしたら大変だ。男に触れていた手を戒めるように握り、傷が酷くなっていないか確認した。 傷口の血が止まっている。それどころか傷が消えていた。 「えっ……」 涙が妙な粘度のものに変わる。鼻からもなにか流れてきた。拭ってみると赤い血だ。 隆弘の他の怪我にも振れてみる。またバチリと音がして傷が消えた。かわりにリリアンの喉の奥から血がこみあげてくる。男の身体に赤黒い血がかかった。 「ヒーリング……? も、できるの……?」 隆弘の身体が汚れたことに泣きそうだ。自分の吐いた血を拭って傷を探し、手をあてる。スパーク音がするたびリリアンの身体のどこかから血が噴き出した。かわりに男の傷が治っていく。 涙のように血を流し、女は大きくしゃくり上げた。 「これで、これで治るから……! ごめん、ごめんね、隆弘……!」 喉の奥からこみあげてきたものを吐き出す。赤黒い固まりが出てきた。生レバーかなにかのようだ。 自分の吐き出した血を拭って隆弘の身体を確認すると、もう怪我は見当たらない。 リリアンがもう一度大きくしゃくりあげる。目と口から血を吐き出した。口の端についた血を拭い、彼女はフラフラと立ち上がる。男は呼吸もしているし、顔色も良い。救急車を呼ぶに越したことはないが、しばらくは大丈夫だろう。 隆弘は目を覚まさない。彼の胸が上下していることに酷く安心する自分がいた。 「あんな奴のせいで、私……隆弘の気持ちを踏みにじったんだ……」 彼がこうなったのはリリアンのせいだ。そしてルーベンのせいだ。 リリアンがあの男に騙されるようなバカでなければ、あるいはあの男がもう少しマトモな人間なら、隆弘はこうして傷つくことはなかった。 女が唇を噛み締め、絞り出すように言葉を吐く。 「あいつだけは……絶対、許さない!」 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |