君はリリーを知っているか?


「死にたくはないよ」

 周囲を見回したリリアンは階段を見つけ、すぐに駆け上る。ルーベンはここをのぼって地上に出たはずだ。しばらくすると開け放たれた扉があった。目の前に温室があって、駐車場に車が停まっている。以前来たとき納屋だと思っていた扉はどうやら地下室の出入り口だったらしい。
 黒い車の前に、ルーベンと男5人が立っていた。赤髪の中年男がイライラした様子で何事か言っている。

「いいから早く車を出してくれ。人体を変化させる成分量についてはわかったんだ。リリアン・マクニールの変りならいくらでも用意できる」

「困るぜ。アンタがすぐに使えるっていうからわざわざあの女攫ってきたってのに! 侵入者に5人もやられてるんだ。これじゃあこっちのワリに合わない」

「だからアレの変りならすぐに用意できると言っているんだ! どうせならおまえらに従順な人間のほうがいいだろう?」

「この前みたいにすぐ死んだら困るぜ」

「それなら大丈夫だ。リリアン・マクニールは力を使っても死ななかった。まあ。多用すればどういうことになるかわからないが、そこは今後調査していけばいい」

 女の腹にふつふつと怒りがこみあげてくる。
 隆弘があんなに傷ついているのになんでこいつらはこんな会話をしているのだろう。なんでこいつらは目をあけて立って、話をしているのに、隆弘は目を瞑って横たわって、言葉を発していないのだろう。
 隆弘があんなふうになったのはリリアンのせいだ。
 だが、リリアンが隆弘を傷つけるように仕向けたのはルーベン・バルボで、周りの男たちはルーベンの仲間だ。リリアンを攫った奴らだ。
 奴らが隆弘の目の前で彼女を攫ったりしなければ、隆弘はこんなところに単身乗り込んできて怪我をすることもなかった。

――絶対に、許さない!

「ルーベン・バルボォオオオッ!」

 男たちが振り向き、リリアンに気づく。ルーベンの片眉が跳ね上がった。

「リリアン……西野隆弘はどうした?」

 女は答えない。頭に血がのぼって感情をうまく言語化できなかった。言葉にするよりよほど効率の良い表し方を、彼女は知っている。
 リリアンが右手を前に突き出し、拳を握る。それだけで男達の周囲にあった空気が重みを増した。全員が突然のことにふらつき、腰を低くする。
 女の首筋に暖かい液体が伝った。おそらく耳から血が出たのだろう。どうしてなのかはわからないが鼓膜が傷ついたのかも知れない。
 赤毛がリリアンを見て忌々しげに舌打ちをした。

「リリアン、貴様っ!」
 
 女は黙ったまま、握った拳を弾くように広げる。火の玉が空中に現れて庭に積もった雪を勢いよく溶かした。煙が上がり、水蒸気によって男たちが咳き込む。
 男の1人がリリアンを指差して怒鳴った。

「撃ち殺せ! このままだとこっちがやられる!」

 霧の中で男達が銃を発砲する。リリアンの姿は見えないはずなので当てずっぽうだろう。彼らのほうに突き出した手を女が横に動かす。
 銃弾すべてが壁に弾かれたような音をたて地面に落ちた。
 身体の動きがあったほうが明確に力を使える。力を使った後の結果をイメージしやすいから。
 隆弘に対してさんざん攻撃したときにそう悟ったリリアンは、手の動きだけで敵を追い詰めていく。
 彼女が人差し指で空を示すと、2メートルほど上に青白い火花が現れた。それが集まって固まって、男たちの頭上へ移動する。何人かは逃げようとして尻もちをついた。上から押しつけられているような感覚がするはずだ。隆弘もなかなか動けなかったのに、ルーベンやほかの連中が逃げ出せるはずがない。
 リリアンはスパーク音を響かせる電気の球を車に向って叩きつけた。雷が落ちたような轟音と共に車が火を噴く。火花がガソリンに引火したのか腹に響く音がした。男たちが全員吹き飛ばされ、雪の上に投げ出される。
 鼻から出てきた血を乱暴に拭って女がルーベンに近づく。
 赤髪は上半身を起こし、無様に身体を引きずった。

「おい、リリアン、やめないか……血が、出てるぞ?」

「それがなに?」

 女が吐き捨てる。
 口からも血があふれ出したので言葉のついでに雪の上へ吐き出した。

「なんで隆弘が気絶してるのに、あんたが動いて、私の目をみて話してるの?」

 ルーベンの顔が引きつる。彼はまた這いずってリリアンと距離を取った。そのたび女が一歩間合いを詰める。

「そっ、それ以上力を使えば死んでしまうだろうが! 怖くないのか? さっきはあんなに泣いていただろう!」

「笑ったよね。無様だな、って」

「あ……」

 数メートル先に吹っ飛んでいた男が小さく呻き、ゆっくりと動いた。リリアンが右手をかざすと

「ぐぅっ!」

 と低く呻いてまた地面に縫い付けられる。また鼻血が出たが、面倒なので彼女はもう拭うのをやめることにした。
 赤髪がまた叫く。

「わっ、私を殺す気か!? 君の身体はこれからどうなるかわからないんだ! わ、私なら、君の身体になにか変化があっても対応できるぞ? その前に、君は今力を使うのをやめなければ、すぐに死んでしまうかも知れない! ばかなことはやめるんだ!」

 女の眉がピクリと跳ね上がる。彼女が右手をルーベンにかざすと、男はさらに必死に口を動かした。

「そ、そうだ! 一緒に来ればいい! 私に協力して、彼らの指示に従っていれば、君になにかあってもすぐに対応できるぞ! 悪い話ではないはずだ! 君だって死にたくはないだろう?」

「死にたくはないよ」

 ルーベンが笑った。リリアンの表情筋はピクリとも動かない。

「でも、あんたが生きてるくらいだったら、あんたを殺して私も死ぬ」
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