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先程までとは打って変わってドスの効いた声で目の前に見つけたらしい何者かに話しかけるネコマムシの旦那さん。
いかんせん旦那さんがデカすぎるのと傍にいるミンク達が屈強すぎるせいで前が見えないのだ。

話し声しか聞こえてこないが、今の声、ナミさん…?
チョッパー先生、ブルックさんも…

「サンジ!」
「サンジ君!」

人型をした何かが突如、脇道に逸れて森に入っていく。
ようやく崩れた陣形に、隙間を見つけてネコマムシの旦那さんの前に出ると、ナミさん、チョッパー先生、ブルックさん。

…1人足りないのは一目瞭然で。
ここでサンジさんはお休み中ですか、なんて呑気な言葉をかけるほど空気が読めない人間ではない。

「…サンジ、さんは」

その名を口に出せば、思っていたよりも震えた声が出てしまった。
二の句が継げない様子の3人にぐっと拳を握り締める。

「アレを追えばいいか!?」
「いいえ無駄です!ワンダさん!」

まだぎりぎり姿を確認できる人型の何かを指差し、追いかけようと地面を蹴ったワンダさんをブルックさんが珍しく大きな声を上げて引き止めた。

「…追いついても…彼に戻る気がありません」

皮膚もなければ涙腺だってない筈の彼の眼窩には確かに涙が浮かんでいる。
彼に戻る気がない?
一体どういうことなのか。
サンジさんは何処に行ってしまったのか。
答えを求めて3人を見ても、呆然としたまま動かない。

「…ナミさん、」

成る可く落ち着かせた声で静かに声をかけるとぴくりと反応し、私に焦点を合わせてくれた。

「…名前?何で…」
「皆さんに用があって…ちょうど途中で旦那さんと出会ったので、一緒に」
「そう…」
「……何があったか、聞いてもいいですか?」

ここで二の足を踏んでいても始まらない。
思い切って核心を突くと、ナミさんは僅かに瞳を揺らした。

「…分からないの」
「え?」
「なんだか、よく分からない…」
「兎に角、サンジが連れてかれちゃったんだ、ビッグ・マム海賊団の傘下の海賊に」
「何!?」

衝撃に口を噤んだ私と対称的に驚きの声を上げるワンダさん。

「違う、彼の意思なの!」
「!?」
「逃げようと思えば逃げられる状態だったのにおれ達だけ逃して自ずとその場に残ったし…サンジからはこう…「ケリをつけてくる」みたいな覚悟を感じたんだ」
「覚悟…」

サンジさんはビッグ・マム海賊団と何か繋がりというか…連れ去られたというのなら因縁か何かがあったんだろうか?
それならばドレスローザ近海で出会ったあの時にシーザーだけじゃなくてサンジさんも狙って来てもおかしくなかった。
でもそんな感じはしなかったし…
それに連れ去られたというのに「彼の意思」というのは…
…確かによく分からない。

「どうしようナミ…もうザンジど会え゛ながっだり…」
「ちょっと、考えすぎチョッパー!落ち着いて、泣かないでよ」

顔を歪ませて涙を溜めるチョッパー先生をナミさんが宥める。

「やはりあの者を追いかけた方が…」
「まだギリギリ間に合うよきっと!」
「いいの!大丈夫だから…忘れて!きっと、多分…彼の問題なの」
「でも…」
「本当に!大丈夫!」

なおも食い下がろうとするワンダさんとキャロットさんをナミさんは明るく止める。
やがて思いを汲んでくれた旦那さんがその場を丸く収めてくれた。

砦に戻ろうと歩き出した一行の最後尾、隣を歩くナミさんの横顔にちらりと目をやる。
本当に…なんて強くて優しいひとなんだろう。
船長不在の中、仲間の1人が訳もわからぬままにいなくなってさぞ不安だろうに、この国の人々にこれ以上の心配をかけまいと気丈に振る舞う。
ただ歳をとっただけの私なんかよりよっぽど大人だ。
それは本当に、心から思うのだけれど。
その固く握り締められた拳にそっと手を触れた。

「!」

緩んだ拳を包み込むように握ればナミさんが此方を振り向いた。

「ナミさんは強いですね」
「…まーね。だてに海賊やってきてないわよ」
「…間違えました」
「え?」
「強く見せるのが、上手ですね」

目元を緩め、ナミさんの目を見つめながらさらに強く手を握る。
一瞬先程とは比較にならないほど大きく揺らいだが、すぐに目を逸らされてしまった。

ナミさんがワンダさん達に向かって繰り返した「大丈夫」には、まるきり覇気がなかった。
自身も混乱している最中、必死に頭を回して出たのがその言葉のみだったのだろう。
不安な気持ちを押し殺して根拠のない「大丈夫」で蓋をしている彼女に、何かのおまじないのようにゆっくり同じ言葉を唱えてみせる。
少しでも支えになれたら良いと思った。

「大丈夫、ですよ」
「何よ…名前ってば」
「だてに長く生きてないですから」
「私と同じくらいか歳下なくせに何言ってんのよ」
「……」

そこに関してはノーコメントで行かせていただくが、揺れた声、乾いた笑い、次第にナミさんの拳が解かれ重なった掌。
やっぱりナミさんも年相応に女の子なのだ、と考えを改めるのであった。

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