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「イヤです」
「名前?」
「イヤです」
「言ったろ、準備って」
「イ、ヤ、です」

顔を見合わせ溜息をつくみんな。
いちばん溜息をつきたいのは私だという事を分かっているのだろうか。

あの後すぐ、お借りしている居住区の一画に連れ込まれて始まった「準備」、てっきり宴の準備か何かかと思っていたらあれよあれよという間にシャチさんに髪を整えられてアクセサリーまでつけられていく。
何のアクセサリーかと言えばモコモ王国から頂いたあの宝石たちで。
さらに着替えろと目の前に差し出されるはキャロットさんと交換したあの服で。

そう、「準備」というのは私の準備だったのだ。
ちなみにいつだって何があったって私の味方をしてくれるベポさんは水を差しかねないというあまりにもな理由で部屋に入れて貰えずにいる。

「何言われたって着ないですよ、私」
「そんな頑なにならなくてもさ。ただこれ着てキャプテンを出迎えるだけじゃん」
「それがイヤなんですってば」

あんな格好で上司の前になんて出られるわけがないだろう。
好きな人とかいう以前の問題だ。
いや純粋にそういう意味で恥ずかしいというのもあるけれども。

「キャプテン疲れてるだろうし喜んで欲しいわけよ、こっちは」
「こんな格好した部下見たら逆に疲れますよ普通」
「男は名前ちゃんが思ってるより単純だぜ?」
「なんか全然話噛み合ってないと思うの私だけですかね?」

どうしてもこれを着せたい様子のみんなはまるで折れる気配がない。
あの手この手でなんとかして口説き落とそうとしてくるがこちらとしてもこればっかりは譲れないと毅然とした態度で首を横に振り続ける。

だってどう考えたって無理だ、色々と。
そもそもあのトラファルガー・ローだぞ。
白けた空気になるのは目に見えているしその空気の中を乗り切れる自信もない。
みんななりに久しぶりの再会を盛り上げてくれようとしているその気持ちはありがたいが全力で勘弁していただきたい。
ていうかちょっと面白がってるよねみんな。
顔に出てますけど。

「これ着て出迎えたら絶対喜ぶと思うんだけどなぁ」
「残念ながら私的には全く想像がつかないです」

ナミさんやロビンさん、ましてやいつかの酒場で現れたそういうお姉さん達を見ても眉ひとつ動かさなかった男の牙城が、私如きに崩せるとは到底思えない。
そもそも崩したいと思ってない。

「何でこの服に固執するんですか?どんな格好でお出迎えしたって変わらないですよ」
「じゃあこの格好でお出迎えしたっていいんじゃない」
「そうだそうだ!」

そうなんだけどそうじゃない。
頑として頷かない私の肩にペンギンさんの手のひらが乗る。

「ま、そこまで嫌がるのに無理に着せるのも悪いしいいんだけどさ。名前ちゃん的にはどうなわけ?」
「え?」
「おれらほどじゃないけどキャプテンに久々に会うわけじゃん?好きな人に久々に会うんだったらかわいい格好したいと思わない?」
「…正論で懐柔して丸め込もうとしてますよね?」

潔くぺろりと舌を出したペンギンさんをジト目で見つめ返す。
そりゃあそうだ。
気持ちを自覚した以上、かわいい格好で出迎えたい気持ちは少なからずある。
でも今は正直それどころではない。
あんなにも不穏な別れ方をしてからずっと、安否すら分からなかったのだ。
彼が無事にここにやってきた姿をこの目で確認しない限り、心からの安心はできない。
そんなことを言っておきながらいざ会ってみればこの格好だなんて、ふざけてるのかと怒られても文句は言えないだろう。

「…そもそもかわいい格好で出迎えたいっていうのは完全にこちらのエゴな訳ですし…」
「そんなもんエゴで結構だろ。キャプテンの気持ちも汲んでやって欲しいわけよ、おれらとしては」
「…え?」

一体どういう意味だ、それは。
声の方を見上げると、ペンギンさんは少しだけ目を泳がせた。

「…出会いが出会いだったってのも勿論あるけどさ。普通に町にいる名前ちゃんくらいの年頃の子とは全然違う生活を送らせちゃってる訳だし、せめてお洒落くらいはさせてあげたいと思ってる…と、思うんだよ」
「……」

あの人がそんな事を悩むようなタマだろうかと眉を寄せるが、ペンギンさんの困ったような、同情するような顔を見ていると私よりもずっと長い付き合いの彼がそういうのであればそうなのかも、とも思えてきた。
次第に俯いた私を見て、ペンギンさんは小さく息を吐いた。

「ま、もう日も落ちるし今日中に来るとは限らない。気が向いたら…」
「……わかりました」
「え?」
「…………着ます」
「え、マジで?」
「本当に?」
「……」

無言で小さく頷いて返す。

「よし、じゃあ気が変わらないうちに、」
「でも明日になったら着替えますから!今日いっぱいだけ、この格好で過ごします」
「うわマジかよ!」
「キャプテン早く!」
「呼びに行きてェ!」
「そうと決まったら男ども!出て行きな!」

イッカクさんに追い出されてドタバタ去っていくみんなの背中をなんとも言えない気持ちで見つめる。
これが今の私にできる最大限の譲歩。
このワンピースを初めて着た時、かわいさに心踊ったのは確かだ。
別に先生の為じゃない、私がお洒落として着たいから着る。
そうと言ったらそうなのだ。

ルフィさん達と一緒に来たのなら、あの人懐っこいミンク族のことだし恐らく感謝のもてなしの数々もあるだろう。
それらを押し切り、彼の足枷にはならないとしても日の落ち切った未開の森を掻き分けてまでわざわざ今日再会しにくるとは限らない。
そう自らに言い聞かせて服に袖を通す。
…他の国の歴史ある文化的な衣装な訳であまりとやかく言いたくないのが本音ではあるが…
相変わらず落ち着けない服だ。

着替えを済ませてイッカクさんの方を向けば、彼女は「相変わらず似合ってる」、と笑って呟いた後、傍に畳んで置いた私のスクラブをぼんやりと眺めているようだった。

「……」
「イッカクさん?どうしたんですか、ぼんやりして」
「…いやぁ……………………よね」
「え?なんですか?」
「んー?うちの奴らってほーんと…


…飴と鞭上手だよね、って」

瞬間的に嫌な予感が駆け巡る。
咄嗟にスクラブに向かって手を伸ばすがイッカクさんの方が一歩早く、虚しく空を切るのみだった。
私のスクラブを強奪した彼女は、驚愕と絶望、今後起こりかねない最悪の事態が頭を過ったせいで浮かんだ羞恥心でいっぱいの私の顔を一瞥しにっこり微笑むと足早に部屋を出て行き扉を閉めた。

「ま、」
「悪く思わないでね、名前とキャプテンの為なの」

木製の扉の向こうから語尾に音符がつきそうなほど浮いた声が聞こえ、ついで無情にも足音が遠ざかっていく。
すぐにでも部屋を飛び出して服を取り返せば良いのかもしれないが、いつ先生が戻ってくるのか分からなくなってしまった今このままここから出ることのリスクが高すぎる。
ならば上から何か羽織れば、と勢いで辺りを見渡すが着替えになりそうなもの、というより服らしきものは1着として見当たらない。

やられた。
みんな最初からこうするつもりだったのか。

「……嵌められた…」

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ペンさんうっかり口を滑らすの巻。