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ぽつり、ぽつり。
まさしくその言葉の如く、ゆっくりと自身の生い立ちを話し始めたロー。
涙を鎮め、呼吸にすら意識を配りながら名前は彼の言葉に静かに耳を傾ける。

優秀な医者である両親のもとに産まれた長男であったこと。
妹が1人いて、4人で平穏な暮らしをしていたこと。
住んでいたのは通称"白い町"と呼ばれる北の海のフレバンス王国。

「…フレバンスは地面も草木も白一色のそれは綺麗な町だった。国の地層から見つかった「珀鉛」という物質の影響でな」
「…はく、えん」
「「珀い鉛」だ」

名前が小さな声で彼の言葉をなぞると、まるで何かのヒントを与えているかのようにローが言葉を続けていく。
世にも美しいそれの売買は莫大な金を生み出し、世界政府すらも首を突っ込んでくるようなフレバンスの一大産業となったのだと。

「…今もなお栄えてる王国なんでしょうね」
「今はもう、ない」
「ない、とは…?」
「言っただろう。珀鉛は「珀い鉛」だ」
「なまり…」

もう一度ゆっくりとその言葉を繰り返せば、名前には彼が言わんとしていることに見当がついてしまった。

「鉛の生物蓄積…ですか」

小さく頷くロー。
尚も話を進めていく。

「珀鉛病」と名付けられたその病気はフレバンス王国全土をじわじわと蝕み、誰1人として例外なくその毒牙にかかったという。
鉛のような疎水性の高く代謝の難しい化学物質は、一度体内に入ると体外に排出されづらい。
どんどんと生体内に蓄積された珀鉛は次世代へと影響を及ぼしていく。
子の代、孫の代と受け継がれ、代々寿命は縮んでいき、やがて大人になる前に命を落とす世代が産まれ、最終的には子も産まれなくなる。
元の世界でも高度経済成長期に同じような仕組みの病気が流行ったと、小学生の頃に習った知識が名前の頭の中を過った。

掘り起こさねば起きない病だったにも関わらず、金に目が眩んだ世界政府はとうに分かっていたその事実に蓋をし、フレバンスの国民に珀鉛を掘り続けさせた。
発病すると髪や肌はみるみる白くなり、全身の激しい痛みを訴えながらやがては死んでいく。
さらに寿命のズレによるものか全世代が同じ時期に発病し、医者の手の施しようもないままに次々と命を落としていく様を見た近隣諸国は新手の伝染病ではないかと震え上がりフレバンス王国を完全に隔離した。

「治す手立てはあるのに医者が足りねェ、公害病だと分かっているのにその事実も広まらねェ。遂には戦争が勃発した」
「…!」
「1対複数の戦争はあっという間に苛烈して………フレバンスは、そのまま滅亡した」

とん、と事も無げに、抑揚のない声で目の前に置かれた事実に名前は息を呑む。
先程から故郷や家族の話をするのに全てが過去形だったことが、すこし気にはなっていた。

「ご両親と………妹さん、は」
「……例に漏れずだ」

思わず俯き、強く唇を噛み締める名前。
齢幾許かも行かぬ子どもが経験するには心を壊すに余りある、充分に重大な過去だというのに、ローの口はまだ続きを紡いでいく。

「唯一生き残ったおれも、同じように珀鉛病に蝕まれていた。残る寿命は3年と少し…自暴自棄を起こしたおれは…ドンキホーテ・ファミリーに入った」

垂れていた名前の頭がゆるゆると持ち上がる。
その双眸はしっかりとローを正視していた。
ローはしっかりとそれに見つめ返し、ファミリーに入ってからの己の身の振り方を語る。

加入当初は高台から身を投げる勢いではあったが正式にファミリーの一員として迎え入れられてからは「ドフラミンゴの10年後の右腕」として幹部たちから様々な戦い方を学び、鍛え上げられながら島々を旅し、略奪し、ファミリーの面々とも徐々に良好な関係性を築き上げた。
そしてついにローは、ドフラミンゴから最高幹部の一角、3代目「コラソン」としての席を用意される程にまで成長した。

「だが…加入して2年が経った頃、状況は一変した」

それは、海賊団の仲間と他愛もない世間話をしていた時のこと。
何度も何度もしつこく聞かれ、しょうがなしにと口に出した自身の「本名」。
それを聴いていたある人物によってローは、ドンキホーテ・ファミリーから強制的に脱退させられることになったのだ。

「その人って…」
「ドンキホーテ・ロシナンテ。ドフラミンゴの実弟で、当時の幹部として「コラソン」と呼ばれていた。どうしようもないドジで、アホで、最後の最後まで嘘つき野郎だったが………おれの、命の恩人だ」

命の恩人。
名前はすぐにその先を悟った。
深く心の奥で噛み締めるようにローの口から発されたそれは、軽々しく使い古されたものとは明らかに違っていた。

初めこそロシナンテ…コラソンのことを嫌い、反抗していたローも、珀鉛病を治すために各国の病院を周り、拒絶されれば自身以上に怒り、我が身我が心を想って涙する彼についには心を許し、「コラさん」と呼び慕うようになる。
海賊団を離脱して半年後、ドフラミンゴよりある情報が入ってきた。
それは、ローを救うためドンキホーテ・ファミリーが狙っていたオペオペの実の取引についてであった。
すぐさま横取りを画策したコラソンは、ローを連れてドフラミンゴと落ち合うために“北の海”にあるスワロー島へと向かう。
略奪は成功。
オペオペの実の力は無事ローに渡り、自身の力によって珀鉛病を直す手立てを手に入れた、のだが。