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生きる意味を探していた。
平和な世界に暮らし、ただ毎日をルーティーンでこなしていくうちに存在意義が分からなくなっていた。
私ってなんで生きてるの?
そんな思いをまた毎日仕事で塗り潰す。
朝も夜もなく働いて、自分の心を麻痺させて、いつしか真剣に自分のことなんて考えなくなっていた。
消えていった趣味嗜好、人間関係にも無頓着。
大丈夫、私は生きてるから。
生きてるならそれでいいじゃない。
死んだ目で幾度となく繰り返した言葉。
でもそれは、生きているとは言えなかった。
「きっとこれからも私は先生の弱点と取られかねないと思います。戦闘訓練はしてますがズブの素人だし、パンクハザードでチンピラたちの手から自力で逃れられたのも運が良かったってだけ。ドフラミンゴに囚われかけた時は本気で命の危機を感じましたし」
えへへ、と笑えば先生のデコピンが飛んできた。
痛い。
衝撃でぽろりと涙が一粒落ちた。
ほら、痛いのだって生きてる証拠。
「でも、それでも、…いたいんです、お傍に。足手纏いにはなりたくないですが素直に離れられるわけないんです。…命も心も、すくってもらいましたから」
一粒だけ落ちたはずの涙が、また止め処なく溢れていく。
先生は私にとって恩人で、私は先生にとってたまたま助けた変な女で。
先生は私にとっての上司で、私は先生にとって部下で。
先生は私にとって、好きな人で。
私は先生にとって…なんだろう。
おんなじ結果なんて恐れ多くて望めないけど、もし少しでも望んでいいのなら、我儘を言わせてください。
「これからの人生ずっと、貴方に賭けたい。離れないで、ずっと隣で、」
言葉の途中で視界が揺れる。
「泣くほど離れたくないってか……あぁクソ…なんで先に言いやがる」
ダイレクトに体に響く彼の低い声と、少し早めの心音。
やっぱり私、夢を見続けているのかもしれない。
だって先生が私のことを今抱きしめてくれるなんて、そんなこと。
「ずっと隣で、それはこっちの台詞だ。離す気なんかあるわけねェだろうが」
潰れそうな程の力がかかっても、なんにも苦しくない。
心臓の方がずっとずっと苦しくて。
破裂しそうなほどに動き続ける私の心臓の鼓動が彼に伝わってしまっているのが恥ずかしくて。
そおっと背中に回した手に力を込めたら、私の想いが全て伝わってしまうのが悔しくて。
好きを自覚するのって、こんなに心が抉られる行為だっただろうか。
私の心がざわつく度に未だに顔を出す、
「これはつくられた物語だ」という冷めた自分。
だからこそ怖いのだ。
既に完成された物語だからこそ怖い。
私はこの続きを知らないから。
本来ならもう先生は命を落としてしまっているところ、私がいることによって補正がかかっているのではないか。
私を今包み込む腕も、吐息も、心音も、全てがまやかしで、突然に目の前から消え去ってしまうのではないか。
私が突然に彼の目の前に現れた以上、否定はしきれない。
私はずっとそれを恐れて、この気持ちを押さえ込んできた。
それでも信頼しあって、気持ちを伝えあって、
ああ、なんだ。
存外これって普通の恋人たちと変わらないのかもしれない。
そう思ったら波が引くように恐れや不安が鎮まっていくのを感じた。
きゅう、と腕に力を込めれば、その倍以上の力で返ってきて思わず笑いが溢れる。
「何を笑ってる」
「ふふ、いえ、幸せだから」
私の言葉を鼻で笑った彼が私をそのままベッドに押し倒す。
ゆっくり顔が近づいてきて、こつりと額がぶつかって。
初めて見た時はあんなに鋭くて恐ろしかった薄墨色が、なんだかとても柔らかく、愛おしいものに変わっていることに気がついた。
「おれも、今後一生お前に傍にいてほしい」
「もしも神がいるのなら、神の赦す限り」
「赦されなくても離さない。覚悟しろ」
悪魔のような物言いにまた笑いが溢れた私の口を彼の口が塞ぐ。
時間は誰にでも平等に配られているけれど、今程止まってほしいと思うことも今後なかなかないと思う。