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そう認めた途端、茫然自失に陥りそうになるのをなんとか怺える。
ここまで来たのだから、きっと最後まで頼ってもらえるものだと思い込んでいた。
でも違う。
先生は、私の看護師としての働きを頼りにしているだけ。
みんなと同じように、戦闘力としては数えてもらえない。
分かっている。
分かっているけど自分が如何に驕っていたかを知らしめられた気がしてなんだか急速に恥ずかしくなった。
ちょっと戦えるくらいで思い上がりすぎだと。
パンクハザードで留守を頼まれて別れたみんなと、私は圧倒的に違う。
不意にずきずきと脇腹と足の傷が痛み出した。
「お前はただの一般人だ」、とつきつけられているかのような疼きに強く目を瞑る。
先生が私の隣を離れてルフィさんの隣に向かっていく。
私はただ、それを見送ることしかできない。
きっと彼は、私に“作戦”を聞いて欲しくないだろう。
私が今この船に乗っていることでさえ本意ではない筈だ。
パンクハザードに着いた頃から、少々引っかかることを呟いていたのはよく覚えている。
先生含めた麦わらの一味が輪になり、自然と先生の横に空間が空けられる。
言わずもがな私の為に開けてくれてあるのだろうが、恐らく私がそこにいる限り先生は話を進めない。
だって私は“戦力外”なのだから。
「あの…私、少し休んでていいですか?」
「え?聞かなくていいのか?」
「…ちょっと眠くなっちゃって」
こんなにも傲慢な感情は、誰にも、決して悟られてはいけない。
気が抜けたような笑顔を作り、努めて自然に口を開いた。
「えーお前こっからが楽しいとこなのに!」
「うるさい。分かったわ、じゃあこっちへ」
ぶーぶーと唇を尖らせるルフィさんを一蹴したナミさんが、甲板から別の部屋へと連れて行ってくれた。
なんだか先生を振り返ることすら憚られて、そのまま視界に入れずに扉を閉める。
「わ…」
通された部屋は壁一面が水槽になっていた。
色彩豊かな魚が悠然と、気持ちよさそうに泳いでいる。
「その辺のソファとか、好きに使って。あんまりお構いできなくて申し訳ないけど」
「いえ、とんでもない…」
気もそぞろにそう返すが、視線は完全に水槽に釘付けであった。
電気を消したまま、水槽上部から採光された光のみが差している薄暗い部屋の中、本当に水族館のよう…
いや、ポーラータング号の中にいるようだ。
あの艦の、廊下についている窓から覗く海中が大好きだった。
見たこともないほど広大な珊瑚礁、太陽の光に反射して輝く多種多様の魚達、それらを狙ったり、蹴散らしたり、近くをのんびり揺蕩ったりしているさらに大きな魚類や水生の哺乳類。
稀に遠くに海王類なんかが見えたりして。
あの景色は正しく天然の水族館だったなぁ、と懐かしく思い起こす。
同時に、自然と思い浮かぶみんなの顔。
勝手に周囲から隔絶されたと感じている今、余計に恋しい思いが募ってきた。
パンクハザードにいた頃はここまでの気持ちにはならなかったのに。
「…ねぇ名前、トラ男くんと……」
ナミさんが言葉を中途半端に止め、私の顔を凝視する。
理由はひとつしかなかった。
「、あ、の、これは」
頬を伝う涙。
いけない、感傷的になりすぎている。
しかもこのタイミングは最悪だ。
これではまるで先生のせいで泣いているように見えてしまう。
そうじゃないんだ、全ては私が未熟なせいなのだから。
先生が何も教えてくれないのも、それによって私がこんな気持ちになってしまうのも。
「違、くて、」
弁明しようとすればするほどに涙が止まらない。
違うのに。
泣きたいんじゃないのに、しゃくりあげてしまうほどに感情が止まってくれない。
ナミさんは黙ってソファに座らせてくれ、顔を押さえたままの私の頭を抱きしめた。
何も言われずともその暖かさに触れて、ますます涙が止まらなくなってしまう。
「せんせ、の、せいじゃ、な、いん、です、」
それだけは伝えたくて、うまく回らない口でただ言葉を紡ぐ。
彼のせいじゃない、私のせいで。
本来ならこんなに泣くようなことでもない。
大きな怪我を負って、メンタルが知らず知らず弱っていた時に黒い気持ちに支配されて、孤独をより強く感じてしまったことが引き金となってしまったのだろう。
今はっきりとわかった。
私は孤独が怖いんだ。
もしも元の世界の私が生きていたら、なんて考えたことがあったが、そんなもしもはもう起こり得ないことは私にも分かっている。
元の世界にだって戻りようがない、元の世界の私は死んでいるから。
そう理解出来てしまっているが故に、この世界で1人で生きろと急に突き放されたらどうしたらいいのか。
先生に助けられてから今までずっと彼の傍で生きてきて、彼の為に生きてきて。
もうひとりで生きる方法をすっかり忘れてしまったようだ。
先生に捨てられたくない。
先生と離れたくない。
ただその一心で今まで生きてきていたことに今更ながら気付いてしまった。
恋だなんだと勝手に屈折して捉えていただけの、ただの依存の感情。
情けない。
こんなに弱い人間だったなんて。
浅ましい。
戦えなくても、役に立てなくても、
そばに置いて欲しいだなんて。
ナミさんに頭を強く抱きしめられたまま、深い眠りに沈み込んだ。
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