3



いつの間にやら眠ってしまった名前を、ソファの隅に寝かせる。
その顔は涙で濡れ、矢鱈に擦っていたせいで眼瞼や頬は赤くなってしまっていた。
その顔を暫し見つめ、静かに部屋を出て既に始まっていた作戦会議の輪にそっと加わったナミは、真正面に座る名前にとって上司であり船長でもあるトラファルガー・ローの顰め面に鋭い視線を送った。

先のパンクハザードにおいて、己が麦わらの一味と彼のハートの海賊団との間で突如結ばれた“海賊同盟”。
こんな男と組むなんて、とナミは色々な意味で心底同意しかねる思いであったが、船長のモンキー・D・ルフィが応と答えるならば此方も頷かざるを得ないわけで。
納得がいかぬ所は多々あれど、裏切ることなくしっかりと手を組んで共闘したり、覚醒剤に浸けられた子供達をなんだかんだ自身の能力を使用して助けてくれたりと、同盟相手としてまあ認めてやってもいいかな、などと一目置きかけていたところであった。

そんな時にこれだ。
ローの後をちょこまかと着いて回る、大人の女性というにはあまりに早熟で、少女というには大人び過ぎている1人の女の子。
名を苗字名前と言い、彼女は自身を看護師だと名乗った。
細かな話までは聞き及んでいないが、ハートの海賊団の他のクルーは別の島に先に向かわせ、ロー自身は名前を連れてパンクハザードに上陸、そのまま機を見ていたところに偶々辿り着いた己らと手を組んだ。
そして切り札であるシーザー・クラウンを誘拐して四皇の一角を堕とす為ドレスローザに向かって“SMILE工場”を破壊する、と。

大まかにそんな作戦ではあったがこれの何が問題かって、自身の仲間である筈の名前には何も知らせていない様子であることだ。
恐らくではあるが、互いの様子を見る限りほぼ確実だろうとナミは推し測っていた。
この期に及んで何故ひとつも話さないのか、それは偏に名前を危険から守りたいという思いからであろう。
これも、ここまでの彼らを見ていれば勘の良いナミにはすぐに分かってしまうことだった。
今回の敵は情報を得るだけでも本人達から狙われるという危険性を十二分に孕んでおり、そこからクルーを、もっと言えば彼女を守りたくて無言を貫いているのだと。

船長というものは概して奔放が過ぎる生き物であると認識している。
それは勿論悪い意味で。
だって、こんなにぶっきらぼうな守り方があるか。
そうならそうと一言伝えてやれば、それだけできっと聡い名前は納得をするだろう。
それとも何か他に、作戦を言えない特別な事情や私情があるとでもいうのだろうか。

ナミは、泣きじゃくって嗚咽混じりに違う、と繰り返す名前を身を切られる思いで抱き締めた。
名前とは深い仲であるどころかまだまだ出会ったばかりで親睦を深めるのもこれから。
短い間であっても歳近い女の子が我らがサニー号に同乗するとあって、内心楽しみにしていたのだ。
それが蓋を開けてみればどうだ。
完全に色々と拗らせきってしまっている様子の彼女に、ナミはすっかり同情していたのだった。

名前はローが悪いのではないと言うが、ナミからすればどう考えても彼が諸悪の根源である。
こいつが素直に巻き込みたくないから作戦は説明できない、と話しておけば名前があんな風に泣くことはなかったかもしれないのだ。
ていうかむしろ話す気ないならどんなに大事だろうが連れて来んな。
それが彼女に対するけじめってもんじゃないのか。
ナミのじりじりと突き刺すような目線を歯牙にもかけず、作戦会議の終わったローはナミに話しかける。

「ナミ屋」
「何よ」
「名前は」

ナミのつっけんどんな返答など一顧だにせず、ローは名前を気にかけているような素振りを見せた。
その態度がナミの気を逆撫でしているとは思いもせず。

「あんたねぇ、可哀想でしょ!?」

突然怒り出したナミに、ローは動きを止める。

「…何の話だ」
「ひとつしか無いでしょうが。あんたが今気になって気になって仕方のない名前の話よ」

名前、と聞いてローはその柳眉を寄せた。

「ますます分からん」
「へー、そう。あんたのその態度のせいであの子がどんなに辛い思いしてるか、まるで分からないって言うのね」
「は?」
「守りたいなら守りたいって言ってやりなさいよ。巻き込みたくないならそうやって言ってあげればいいでしょ!?」

仮にも客人であるローに向かって珍しく食ってかかるナミを、何事かと周りが宥める。
ナミも、自分がヒートアップしすぎていることには気が付いていたが、ローを目前にすると止まらなかった。
これを名前が望んでいるかどうかなどとは考える余裕も無いままに、この黙った無表情な男を激しく詰問する。

「…ごめんなさい怒鳴りつけて。でもこれだけは言わせて。あんたがはっきりしないから、名前だって迷ってる」

ナミはそれだけ吐き捨てると取り鎮めようとしてくれたウソップの手をそっと離させて頭を冷やすと言い、女部屋へと向かう。
その後をロビンが追った。

「突然何を揉めてたんだよ?」
「…いや、」

不思議そうな顔をするウソップに短く返し、ローは名前のいる部屋に足を向ける。
その返答にも首を傾げるウソップだったが、彼は必要以上に空気が読める上、元が難しいことを考え込みすぎる性格ではない為にあまり深く考えないことにしたようだった。